図1 マーケット・インとプロダクト・アウト
図1 マーケット・インとプロダクト・アウト
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 Web2.0とは何かを定義するのは難しいが,大きな流れとしてテクノロジからビジネスへと多くのエンジニアが視点を移していることは間違いないだろう。言語,設計,コンパイラ,ライブラリ,といった要素技術から,SOA(Service Oriented Architecture)の視点,例えばGoogle APIをどのように使ってサービスをミックスし,新しいビジネス価値を提供できるか,というサービスの視点がより時代に合ったものになっていると思う。

 また,個々の技術に対する知識を高めるよりも,自分がオープン・ソースやコミュニティに参加していくことがより重要な活動となっている。技術とビジネスが接近し,エンジニアがビジネス・モデルに関心を示し,ビジネスの言葉で技術を語るようになってきているのだ。さらに,アジャイル開発の考え方が浸透し,「ビジネス価値(Business Value)」を開発の最優先とする考え方が広まっているという背景もある。

 この連載では,このような時代におけるソフトウエア製品開発にはどういった視点が必要か,また,その開発はどのような手法によるべきか,という点について考えていく。第1回目となる今回は,Eric von Hippel著 「民主化するイノベーションの時代—メーカー主導からの脱皮」(ファーストプレス発行)を基に,筆者の考えを提示してみたい。

アイディアはどこから来るか

 ソフトウエアに限らず,製品開発にはアイディアが必要だ。そもそも「何を」作るのか。その製品の革新的な点,他との競争で優位な点は何なのか。製品開発は,この「構想」をニーズ(需要)から作っていく手法—マーケット・イン,と,シーズ(種)から作っていく手法—プロダクト・アウト,の大きく2つのアプローチに分けられる(図1[拡大表示])。

 マーケット・インでは市場を調査し,それにミートする製品を開発する。すなわち,

(1)市場調査
(2)製品開発
(3)販売

という流れだ。対してプロダクト・アウトでは,メーカーが研究開発の中からシーズを育て,それを市場に問う。つまり

(1)研究開発
(2)製品開発
(3)販売

となる。
 ただし,ここでの説明は文字通り両極端な場合である。実際には市場調査が全くない商品開発はありえないし,逆に研究フェーズが全くない商品開発もないだろう。ニーズとシーズ,どちらが先にあるか,どちらの力が強いかが,マーケット・インとプロダクト・アウトの違いだ。

 90年代の製品開発では,プロダクト・アウトはダメだ,というのが定説だった。技術先行では作り手の一人よがりになり,ビジネスは失敗する。製品開発はマーケット分析から始まり,ニーズを満たすものを作るマーケット・インによらなければならない,というのである。この主張は,「良いものが売れる」という思考から「売れるものが良いもの」という視点の移行を促す。結局ビジネスとしては,(アートや趣味は別として)売れるものでなければ作る意味がないのだ。

プロダクト・アウトの復権

 しかし,マーケット・インでは,はっと驚くような製品,すなわちイノベーションは生まれない。ここが私自身,マーケット・インの手法をビジネスの直感として「正しい」と感じながらも,違和感を覚えている点だ。

 分かりやすい例として,服飾,すなわち「ファッション業界」を見てみよう。服飾の主機能は「寒さから身を守る」ことである。ところが,この主機能は2000年前にほぼ満足のいく状態になっており,商品としての差別化はデザインなどの非機能面が重要になる。必然的に現在の服飾業界はプロダクト・アウトとなる。

 現代のファッション業界では,主にデザイナと呼ばれる人々がコンセプトを市場に「提案」するのである。ユーザーから「首が寒いので首の部分を長くしてくれ」という要望があってタートルネックが作られるわけではないのだ。「今年は○○。△△な××」というキャッチをつくり,それに合わせてファッション・ショーが行われる。服飾業界の製品開発は提案型であり,プロダクト・アウトの典型だ。デザイナが今年のコンセプトを発信するのである(ただし,それができるのはトップ・デザイナだけである。凡庸なデザイナは,例えばパリコレで彼らの発信をキャッチし,それを市場ととらえてマーケット・インとならざるを得ない)。

 もう1つ,ソフトウエアでのプロダクト・アウトの例としてGoogleを見てみよう。Googleの検索はページ・ランクと呼ばれるLawrence Pageが開発したアルゴリズムを競争優位の源泉としているが,検索ボタンの隣にある「I’m Feeling Lucky」というボタンも興味深い。このボタンは,「運がよければ1クリックであなたのお望みのページにお連れいたします」という機能だ。通常の検索がヒットしたページのリストを示すのに対し,このボタンはページ・ランクが最も高いページに直接ジャンプする。こんな機能がユーザーの要望から出てくることはあり得ない。これは,明らかにGoogleの開発者の思いつきであり,「こんなのがあったらクールだ!」という提案である。そして,こうした提案型から,イノベーション(革新的な製品)が生まれることが多いのも事実だ(次回に続く)。


平鍋健児

株式会社チェンジビジョン代表。オブジェクト指向分析設計とプロジェクトの「見える化」を実践・推進する舞踏派コンサルタント。UMLとマインドマップを融合させたモデリング・ツールJUDEを開発中。