上場企業に内部統制の体制整備を求める,いわゆる「日本版SOX法」の制度化が間近に迫っている。中心組織である金融庁企業会計審議会・内部統制部会で部会長を務める八田進二 青山学院大学大学院教授に,日本版SOX法の意義やポイントを語っていただいた。(構成:高下 義弘=ITpro)


 内部統制に関する法制度は,順調に進めば,開催中の今国会で可決成立する模様です。証券取引法を全面改正する「金融商品取引法(投資サービス法:仮称)」の一部として盛り込まれる見込みです。ひとことで表現すると,企業に対して財務報告などにかかわる不祥事を防ぎ,経営の信頼性を高めるためのコーポレート・ガバナンスを求めるものです。

 この法制度は,しばしば「日本版SOX法」と言われています。確かに米国のサーベインズ・オクスリー法(SOX法)に倣ってはいますが,日本の法制度で扱う内部統制は,米国のSOX法が対象としている範囲の一部でしかありません。

 米国のSOX法は,エンロン事件などで失われた資本市場の信頼回復と,投資者保護を目的とした法律です。会計や監査の改革,経営者の責任の明確化と罰則強化を含めたコーポレート・ガバナンスの強化,といった内容が一体となっています。

 これに対して,日本の法律で主な対象としている内部統制は,SOX法の要素の一つでしかありません。SOX法で経営者に向けた厳しい罰則を規定しているために,内部統制の議論が本格的に始まったという側面もあるわけです。日本ではこうした罰則規定の議論はあまりなされていません。

 ですから私個人としては,米国SOX法の意義や意味が正しく伝わらなくなってしまうという理由から,日本版SOX法という言い方は適切ではないと考えています。

 ただそれでも,日本版SOX法というキーワードが広まることには大きな意味があった,と考えています。日本の経営者の間で,みずからの企業組織について冷静に足下を見つめ,マネジメントのあるべき姿を再考しようという気運が盛り上がったからです。

ITへの対応を重視した日本版の法制度

 内部統制部会は昨年12月,「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準のあり方について(基準案)」を公表しました。内部統制の基本的な考え方などは,こちらに書かれています。
【ITpro注:この文書は金融庁のWebサイトでPDFファイルとして公開されています】

 わが国の内部統制に関する概念的な枠組みは,米国のSOX法が受け入れているCOSO(トレッドウェイ委員会支援組織委員会)の考え方に比べて,「ITへの対応」を重視していることがポイントです。基準案では,「IT環境への対応」と「ITの利用及び統制」という二つの項目で,いわゆるITガバナンスを求める旨を記述しています。

 ITには利便性もあれば,脆弱性や危険性もある。これを企業にきちんと認識してもらいたい。こんな問題意識から,「ITへの対応」が位置づけられています。闇雲にITを駆使すればよい,あるいはパッケージ・ソフトを導入すれば大丈夫,ということを言っているわけではありません。

 内部統制部会の議論の中で,「日本の経営者にはITにアレルギー的なものを持っている人もいて,ITへの取り組みを現場任せにしている」という意見が挙がっていました。経営でITの利用が前提となっている中,そうした状況では内部統制への取り組みは進みません。「ITへの対応」は,ITについて十分な認識を持っていただきたい,という経営者に向けたメッセージも含んでいます。

現実的な対応に着眼,日本企業全体にインパクト

 新制度の適用時期は2008年3月期だと言われています。しかし,適用時期は今後の議論で変わっていく可能性があるので,現時点では何とも言えません。ただ少なくとも言えるのは,企業の現状を無視して法律の適用を開始することはあり得ない,ということです。

 米国では2002年からSOX法第404条(経営陣による内部統制の評価とその監査)の適用が始まりました。しかし,いまだに全面適用には至っていません。2004年11月からようやく,大規模企業でSOX法に基づいた報告が始まった,という程度です。すでにその時点で,2年半が経過しています。

 また米国では,中小規模の企業について規制の緩和や免除を求める議論が起きています。SOX法が要求する内容が厳しいためです。

 ただライブドア事件からもわかるように,急成長企業や新興企業にこそ,大きなリスクが潜んでいます。私は米国の状況を踏まえて,全上場企業がリーズナブルなコストで対応できる枠組みが大切だと考えてきました。

 そこで日本における法制度では,企業や監査法人の負担を軽くする代わりに,新興市場も含めたすべての上場企業に適用されるべきだと考えています。日本企業におけるコーポレート・ガバナンスの強化,ひいては不特定多数の投資家も含めた公共の利益確保に向けて,この法制度は大きなインパクトをもたらすと考えています。(談)

(2006年2月13日~14日に開催されたセミナー「日本版SOX法施行を見据えた,内部統制強化への対策」における八田教授の発言内容をベースに,八田教授の協力を得ながら加筆・編集したものです)