(撮影:廣田幸喜)
(撮影:廣田幸喜)
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 サワッチは22才。ピアスは親の前ではずすほど、オヤジに一目おいている青年。ある日彼の手に異臭をはなつ黒焦げの物体があった。どうしたのと聞いてみた。

 大学の庭の竈でサークルの学生が料理をする。その竈の炎の中に投げ込んだ携帯電話の残骸だった。プラスチックの外装は跡形もないが基盤と配線が黒い表面の下からのぞいている。変わり果てた姿になったのは、薪をくべていた時、恋人から「分かれましょう」のメールが入ったから。別れの文字を見つめたまま「捨ててしまいたい過去なんてくべてしまえ」と思ったという。蓋を開けたまま炭化した電話は彼の動揺を隠さない。

 サワッチは手紙を燃して過去を清算する年代ではない。だがとっさに炎で想い出を消した。相手の番号とメールの内容、送信日と時刻、すべての記録はたった一つの機種に残る。恋人との記録だけでなく電話器そのものが想い出だから本体も消去したのだ。

 二週間後サワッチの手に新しい携帯電話があった。ますます膨大な記録が残る携帯電話。これからは本体消去のボタンが必須になるかもしれない。