「学生が集まらない」—ソリューションプロバイダの新卒採用担当者から悲鳴が上がる中、着実に新卒を採用し続ける企業がある。大手パッケージベンダーや中堅ディーラーなど4社の例を探った。



 「十数社が共同で就職説明会を開いたが、当社には1人も学生が来なかった」。こう嘆くのは、一部上場でしかも老舗のソリューションプロバイダ幹部である。近年、説明会に参加する学生は減っていたが、「まさかここまで厳しいとは」とショックを隠せない。


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図1●中堅独立系ソリューションプロバイダ35社に聞いた2006年4月入社の新人採用状況
 IT業界は、かつてないほどの採用難時代に突入している。中堅ソリューションプロバイダ35社に聞いた本誌調査(今年1月~2月に実施)では、実に7割以上が2006年度の新卒採用で予定数を確保できていなかった(図1)。しかも皮肉なことにIT業界は今、バブル期並みともいわれる需要期を迎えている。都市銀行のシステム統合や東京証券取引所のシステム再構築など、超大型システム案件が目白押しの金融分野を筆頭に、システム投資が回復しつつあるからだ。

 アルゴ21の太田清史社長は、第3四半期決算発表の席上、システム開発の売り上げが目標を割り込んだことに触れ、「金融業界のシステムニーズは非常に伸びており、組み込みソフトも好調だ。どちらも当社が以前から取り組んできた分野なのに、人材の採用や育成が追いつかず取りこぼしてしまった」と悔しさをあらわにした。

新人採用が最優先

 しかし人材難時代の中でも、安定的に新卒を採用し続けているソリューションプロバイダはある。各社はどんな方策を採っているのか、特徴を見てみよう。

 例えば人事パッケージを開発するワークスアプリケーションズ。牧野正幸代表取締役CEO(最高経営責任者)は、優秀な人材の確保を最大の経営課題と位置付け、様々なアイデアを実行してきた。「優れたソフトは、優れた人が集まって切磋琢磨して初めてできる。米グーグルのように、桁違いに優秀な人材がどんどん集まる企業を目指している」と言う。

 同社のようなベンチャー企業にとって最大の問題は、知名度の低さ。そこで未知の企業への不安を払拭するため、インターンシッププログラムに注力してきた。参加者には1日1万円程度の報酬を支払い、1カ月間、未知の課題を与えて問題解決力や発想転換力を試す。

 インターンシップ中は、第一線のエンジニアやコンサルタントが専従で課題設定やサポートにあたる。「この仕事をアサインされたら忙しいエンジニアやコンサルタントもいやとは言えない。徴兵義務みたいなもの」(牧野CEO)。

 さらにワークスの知名度を大きく高めたのは、2002年8月に開始した入社パスという制度で、内定者は卒業して5年間はいつでも入社できるようにした。実際、入社パスを持つ学生のうち、すぐに入社するのは約4割。5年後までに約半数が入社する。内定者1人にかけるコストは650万円。世間一般の水準をはるかに上回るが、「優秀な人材を採れるなら、高いとは思わない」(牧野CEO)という。

学生を感動させられるか

 パッケージなど自社の商品を持つITベンダーと異なり、ITサービス企業となると、学生へのアピールは一段と難しいだろう。だが採用プログラムを工夫することで、口コミで受験者を増やした企業がある。中堅ディーラーの日本ビジネスシステムズ(JBS、東京都港区、牧田幸弘社長)だ。リクルートが2005年12月に実施したアンケートで、説明会やセミナーの満足度ナンバーワンに選ばれた。

 同社は学生の満足度向上に照準を定める。牧田社長は「説明会に参加した後で、友人に『JBSはよかったよ』と話す学生が多ければ、人気は必ず出る」と話す。就職説明会は1時間強だが、単なる会社紹介ではなく、就職活動中の学生が抱える悩みや疑問に答えることを重視し、会社を選ぶ際の考え方などを伝授している。とはいえ、「いい会社に勤めることより、いいキャリアを積むことが重要」などと訴えることで、同社への興味を深める狙いもある。露骨な売り込みではない“からめ手”の作戦が学生の支持を集めている。

地方の足場がソフト会社の武器

 需要ひっ迫の影響を真っ向から受けているソフト開発会社にも、新入社員を安定確保している企業がある。共通項は地方に足場を持っていることだ。

 日本アドバンストシステム(東京都品川区、重田辰弥社長)はその典型。重田社長は沖縄出身で、1978年の創業間もない頃から、毎年沖縄の学生を採用してきた。86年には、沖縄出身の社員が地元でも仕事を続けられるよう、沖縄支社を開設している。

 雇用確保に悩む沖縄県の行政や学校関係者にとって、同社の存在は大きい。毎年、有望な学生を紹介してくれる学校もある。同社はクレジットカードなど金融分野の受託ビジネスを手がけるが、「厳しい状況下でも、予定を上回る15人を採用できた」と重田社長は語る。その約半数は沖縄の学生だ。

 同社は、沖縄支社を活用した「トロピカル・アウトソーシング」というメニューを用意している。沖縄の人件費や経費の安さを生かし、オフショア開発よりも低リスクで、比較的低コストの開発を実現するというものだ。

「地元で働きたい」に応える

 新潟県長岡市に本社を置くジェイマックも、地元密着型の採用戦略で優秀な学生を確保している。同社の得意分野は製造や流通向けの基幹業務システムの受託開発。長岡市の本社と東京事業所のほか、新潟県内に3カ所のオフィスがある。約220人という従業員数からすると多すぎるようだが、これには理由がある。「新潟県内で就職したいと考える学生が、自宅から無理なく通勤できる職場を用意している」(若月社長)のである。

 同社では学生に内定を出す10月の時点で、学生の希望に応じた勤務先を確約する。内定までに筆記試験が2回、面接が3回あるが、その間に「どこで働きたいか、何をやりたいか」という希望を聞き取り、よほどの事情がない限り、希望通りのオフィスに配属する。

 顧客は地元ではなく首都圏の大手優良企業。「最先端の仕事をしていることが学生へのアピールポイントにもなる」(若月社長)という。東京事業所には営業のほか、客先での仕事に従事する一部のエンジニアがいるが、原則、仕事は新潟に持ち帰る。

 同社は終身雇用を重視する。「手間暇かけて優秀な人材を採っても、すぐに辞めてしまうのでは意味がない。ベテランは上流SEとして定年まで働いてもらえるよう、教育も仕事のアサインも工夫している」(若月社長)という。実際、離職率は4.5%と低い。この方針は事業戦略とも深く結びついている。売り上げの65%は大手メーカー経由だが、35%は直接受注。直接受注は上流SEへのキャリアパスを確保するための生命線ととらえている。

 4社に共通する点は経営戦略や事業戦略と人材戦略が密接にリンクしていることだ。社長が自ら採用戦略を見直し、推進していくことが求められている。