取材で訪れた講演中に、思わず目頭が熱くなってしまった。対面取材では似た経験もあるが、講演では初めてだ。これは、2月上旬に横浜市内で開催された、とある企業向けイベントでの出来事。講演会場の壇上ではトヨタ自動車の人事部門の方が1本のビデオクリップを上映していた。

 数日前、本格的な取材活動を昨秋から続けていた特集記事の執筆を終えた。テーマは、米国で導入企業が増えつつある業務改革手法「リーン・シックスシグマ」。これは、トヨタとゼネラル・エレクトリック(GE)が実践する2つの手法を足し合わせたものだ。日米を代表する優良企業のいいとこ取りを狙う。この新手法の威力を多角的に検証するためのヒントを得ようと、冒頭の講演を見に行ったのである。

 現時点でリーン・シックスシグマを採用している企業の大半は、米国のシックスシグマ実践企業である。ゼロックス、ハネウェル、デル、スリーエムなど蒼々たる顔ぶれ。GE自身も、自社のシックスシグマを新手法に進化させるのに余念がない。

 そもそもシックスシグマという手法は、プロジェクトチームを立ち上げ、社内の様々な課題を解決するもの。いままでの業務プロセスに潜む真の問題点を発見・改善することによって、工場の生産性を高めたり、顧客窓口の対応を迅速にしたり、営業活動の確度を高めたりする。90年代後半にGEが全世界の拠点にほぼ一斉導入して大きな財務成果を出した。これをきっかけに、米国企業の採用が相次いだ。

 ところが、シックスシグマを実践する米国企業の経営者はやがて壁に突き当たった。シックスシグマは優秀な人材(つまり人件費が高い人材)が牽引する期間限定のプロジェクト活動なので、現場の小さな課題までは手がまわりづらい。その結果、改善活動が部分最適に陥る可能性もある。この弱点を補うべく、トヨタ流改善手法を組み込み始めた。

 そこで実態を探るべく、昨年12月に渡米してリーン・シックスシグマ実践企業を見て回った。米国企業の日本法人の取材も重ねた。大半の企業が大きな財務効果を出したと言い切る。だが、取材を重ねるうちに大きな疑問が心に重くのしかかってきた。この手法は日本企業が採用しても高い効果を出せるのか、トヨタ流改善手法とどちらが優れているのか、と。

 トヨタ流改善手法は、あらゆるムダをなくすべく、日々繰り返される現場の改善活動がベースとなる。もちろん、導入当初は一大プロジェクトとしてスタートするだろうが、期間限定の改善活動に留まるようではトヨタ流の真価は発揮されない。現場が自発的に改善を重ねていくようになることが、トヨタ流の本質である。

 だから、トヨタ自動車には社員一人ひとりの問題解決能力と改善意欲が高まるような様々な仕掛けがある。その一例は、長期雇用を保障する、非公式なものを含めて社内・部内イベントが多い、チームワークを重視する、先輩が後輩を積極的に指導するといった具合だ。どれ1つとっても、日本企業には当たり前に見える。だが、成果主義や電子メールの浸透などによって、日本企業ですらこうした仕組みが薄れてきてはいないだろうか。

 リーン・シックスシグマはまだ、「これだ」というほど手法の形が固まってはいない。米国の採用企業各社は手法の確立を模索している。この手法は、期間限定のプロジェクト活動の色彩を強めていくのか、現場の自発的な改善を促す手法の色彩を強めていくのか、はたまたその中間か——。現時点では判断できない。しかし、トヨタ流の良さをしっかりと組織に根付かせたいのなら、前述のような仕掛け作りは欠かせないように思える。

 さて、ここで話は冒頭のトヨタ自動車のビデオクリップに戻る。感動のベールの向こう側は次のようなものだ。

 ある冬の日のケンタッキー工場。午前中から記録的な大雪が降り出し、夜間勤務の従業員が通勤してくるのは難しい状況に見えた。工場のマネジメント層は、操業停止を覚悟した。ところが現場から予期せぬ申し出が相次いだ。「遅番が来るまで働き続けるよ」「私も」「俺も」・・・・・・。夕方になり工場の窓に目を向けると、光の洪水が目に飛び込んできた。降りしきる雪のなか、定刻よりも1時間早く夜勤の従業員が次々と自動車で出社してきたのだ。トヨタの価値観「トヨタウェイ」が根付いたと実感できた瞬間だった。

 マニュアル通りに与えられた仕事だけこなすことを良しとする風潮が強い米国で、まるで日本人のような行動をとった米国人の様子に胸がじんとした。はたして、リーン・シックスシグマはこの域まで進化するものなのだろうか。可能性は否定できない。