プレ提案書で立てた仮説を深めるには、実際のインタビューで検証していく必要がある。プレ提案書の内容を説明したときの顧客の言動や表情など、インタビューの結果を冷静に思い起こしながら仮説のロジックを組み立て直し、提案書の内容をさらに高めていく。

(小野 泰稔=コンサルティング・フェア・ブレイン代表取締役)



これまでの経緯
 ヘルシー食品は食料品の店舗販売と通販事業を会員制で運営しているが、収益面で伸び悩んでいた。ヘルシー食品の事業開発室の梅田氏とのインタビューを控えた私は、梅田氏の問題意識から新規事業に対する仮説を立てた。そして通販事業の市場動向などを基に、【店舗事業強化モデル】【通販業務効率化モデル】といった内容のプレ提案書を作成して訪問した。

注)本記事に登場する社名、氏名はすべて仮名です

ヘルシー食品で情報システム部長と会う

図1●ヘルシー食品とのインタビューの状況

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 ヘルシー食品を訪問する朝である。梅田氏とは10時の約束であった。最寄の駅で当社スタッフの西本と待ち合わせて、2人で訪問することになっていた。私がインタビューをリードし、西本がメモを取りながら気になる点を質問するという役割分担である。

 受付から内線電話をかけてしばらく待つと、30代前半くらいの真面目そうな男性が現れた。それが梅田氏であった。互いに簡単なあいさつを済ませると、会議室に案内された。すると、すぐに40代くらいの気さくな感じの男性が会議室に入ってきた。

 名刺を交換すると「情報システム部 部長 三浦」と書いてあり、ヘルシー食品が今日の訪問に大きな関心を持っていることが伝わってきた(図1)。

 以下、そのときの会話である。

「本日は、お忙しいところお時間をいただいてありがとうございます。先日、梅田さんには電話でお話しましたように、CFB社の室田部長からご紹介をいただきまして…。私どもは半年ほど前まで室田部長のご支援をさせていただいていたのですが、その後も室田部長には何かとおつきあいをいただいています」

梅田「そうですか。室田部長は世話好きな方ですからね。私もいろいろとお世話になっているんですよ」

「ところで、室田部長といっしょになさっている“新規ビジネス創造研究会”は、その後いかがですか。何か進展はありましたか」

梅田「いや、なかなか難しいですよ。新規ビジネスなんて、そう簡単に立ち上げられるものではないですよね。最近、そのことが身にしみて分かってきました」

「先日のお話の中でも、インターネット通販については興味があると伺っています。新規ビジネスの検討材料になるかも知れないと思って簡単な資料をご用意しました。御社の既存ビジネスの延長線上での話になりますが」

三浦「あ、そうなんですか。それは早速見せてもらいたいですね」



 以前、梅田氏に電話で聞いた内容や通販事業の市場動向などを基に書いたプレ提案書「インターネット通販事業のご紹介」を西本が手渡すと、2人とも興味深そうに資料を読み始めた。私は2人の様子をうかがいながら、簡単に資料全体の説明をした後で、タイミングを見計らって質問を始めた。

 まずは、インターネット通販に興味を持ちながらも導入していないのには、何か理由があるはずと思い、その点から聞いてみることにした。

インターネット通販の導入にためらい

「最近は、インターネットを利用した通販に取り組まれているところも多くなっていますが、御社での検討はどのような状況ですか?」

三浦「うん、検討の必要性は感じているんだけどね。いまひとつ見えないんだよ。確かに世の中ではインターネットが急速に普及しているということは分かるんだけど、一時的なブームに終わるような気もするし。うちも資金がふんだんにあるのならいいのだけど、現在の状況ではインターネット通販の導入にはなかなか踏み切れないね」

梅田「そうですね。それに、うちの会員がパソコンから注文してくれるかどうか…」

西本「会員にはどんな方が多いのですか?」

梅田「入会する人には、子育てが始まって、食事を気にするようになった主婦が多いですね。でも、会員にはご年配の方も多い。」

「年齢層は非常に幅広いということですね。それでは、ニーズも千差万別なのでしょうね。」

三浦「そうだね。年齢もそうなんだけど、仕事や子供の有無でニーズが大きく違ってくるんだよ。ニーズはしっかり把握しないといけないんだが、難しいね。うちとしても、インターネット通販に興味はあるけど、どうなんですか? 本当にもうかるんですか? 始めては見たものの、売り上げが上がらないで困っているという話もよく聞くしね」

「確かに、最初から大きく売り上げるというのは難しいですね。やり方を間違えると、逆にコストばかりかかるということになりかねないですし。先ほど資料でご説明したように、狙いや目的を明確にしておくことがやはり一番重要です」



顧客の視点でビジネスモデルを再構築

 インターネット通販に興味はありながらも導入をちゅうちょしている理由が明らかになったので、今度はインターネット通販の必要性を探ることにした。

「本日の資料の中で2つモデルを挙げていますが、これらは御社がインターネット通販を導入する場合を想定して書いてみたものです。いかがですか、イメージは合いますか?」

三浦「確かに、店舗はうまくいっていないところが多くてね。何とかしないといけないと思っていますよ。うまくいっていないからと言って、簡単につぶすわけにもいかないからね。少しでも利益を生み出す業務に人を集中させていかないといけない」

図2●「プレ提案書」でインターネットによる既存店舗の事業強化モデルを示す

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図3●「プレ提案書」でインターネットによる通販事業の業務効率化モデルを示す

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「【店舗事業強化モデル】のことですね(図2)。このモデルだと通常の店舗より商圏が広がるメリットがあると考えられます。そうすれば、会員数も増えるのではないでしょうか」

梅田「でも、あまり効果はないと思います。今も会員数が減っているわけではないのですよ。むしろ単価の下落が大きな問題なんです。この問題を何とかしないと」

「そうでしたか。単純に商圏を広げただけでは、効果が薄いということですね。それであれば、【通販業務効率化モデル】(図3)の方はどのように思われますか? これまでのOCR(光学式文字読み取り装置)を中心とした受注形態を多様化するだけでなく、会員さん一人ひとりへのきめ細かい情報提供も可能になります。例えば“購買提案機能”など考えられますが。」

三浦「うん。これはいいと思うね。うちは会員への提案というところが弱い。商品開発には力を入れているつもりだが、“会員”という視点がうまく反映できていないからね」

西本「そういうことでしたら、導入のメリットは大きいのではないでしょうか。まさしく“顧客視点”ということを意識して描いたモデルですから」

梅田「前回に注文した内容を表示する機能は便利ですよね。食品は毎回のように買う定番商品が多いですから。顧客の好みに合わせた商品表示などができればもっといい。正直言って、今は顧客の購買情報がほとんど活用できていないんです。会員の視点を取り入れるには、こういう仕掛けが重要なのでしょうね。それに“人気ランキング紹介機能”もいい。もし、会員自身が商品を購入した感想など書いてくれて、会員同士の情報交換の場にしてくれれば、商品の良さが自然と伝わる気がしてすごくいいですよね」

西本「イメージが膨らんできましたね。御社の場合は【通販業務効率化モデル】から始めるのが現実的なのかも知れませんね。インターネット経由で注文を受けることで、さまざまな購買提案機能などの付加価値をつけられますから。それに今と物流をあまり変える必要がないと思われますから、コスト的にも取り組みやすいですし」



ほかにも経営課題がないかどうか確認

 インターネット通販によって提供できるようになるサービスに、必要性を十分感じてもらえたことが確認できたため、今後の取り組みについて質問することにした。

「今後の進め方についてですが、詳細な検討はまだ先とお考えですか?」

梅田「いいえ、検討自体は早く着手したいと考えていました」

西本「いつごろまでに結論を出すとか、具体的な目標はお持ちですか?」

三浦「もし、インターネット通販を導入するなら、今年度中には予算を獲得して、来年度に実現するというのがいいと思うな。来年度の予算に間に合う時期には、結論を出したいよね」



 インターネット通販に関しては、予算の時期をにらむなど、前向きなことが分かった。そこで、インターネット通販よりも、優先順位の高い大きな経営課題がこのインタビューで抜け落ちていないか確認することにした。

「ここまでは、インターネット通販についてお話をさせていただきました。ところで、インターネット通販に限らず、現在気にかけられている課題はありますか?」

梅田「うちでは受注業務の効率化が大きな課題だと考えているんです。OCRだけでなくFAXでも注文できるんですけど、人手がかかって十分に機能していません。でも、今後もFAXは使っていこうと思っています。FAXによる注文を普及させて24時間受注対応を実現するというのが、うちの方針ですから。まあ、業務の効率化を図りつつ会員の利便性を向上させるということが重要ですよね。それから、電話での問い合わせ対応もしているのですが、これには人手が多くかかって困っています。電話での問い合わせって、なぜか一時に集中するのですよ。業務コストの低減に努めていかなくては」

西本「なるほど、そうですか。そのへんのことは、インターネットをうまく活用することで解決できることも多そうですね。業務の効率化についても十分に検討していきましょう」

「いつの間にか随分時間がたってしまいました。他社さんのことを考えると、あまりゆっくり検討しているわけにもいかないと思います。次回はもう一歩、インターネット通販を利用した具体的なお話をさせていただきましょうか?」

三浦「それは、ぜひお願いします。」

梅田「そうですね」

「それでは本日のお話も盛り込んで、今後の進め方なども含めた資料を作成してみます。特に、インターネット通販に関して、受注業務の効率化なども考慮して提案書の形でまとめて参ります。その提案書をもとにご検討いただければと思います」



 次回の訪問は8日後に決まった。訪問が終わり、同行した西本とお互いの認識合わせを行った。三浦部長と梅田氏の反応は想像以上に良く、お互いに提案のチャンスは十分にあるという手ごたえを感じていた。

 事務所に戻った我々は、当初の仮説や顧客の言動、表情などを冷静に思い起こしながら仮説のロジックを組み立て直し、提案書の作成を行うことにした。

カタカナなど提案書の表記を統一する

 提案書をはじめとする提案活動で作成するさまざまな資料を見ると、日本語の使い方がいい加減であったり、常識的な表記規則が守られていなかったりする場合が少なくない。それだけで提案内容まで疑われてしまうことがある。「この人、大丈夫かな?」という素朴な疑問が頭をよぎってしまうものである。また、一定品質以上の分かりやすい文章を書くためにも、用字・用語・表記法の一般的な規則を知っておくことの意味は大きい。

 用字・用語・表記法としては、仮名遣い、漢字と仮名の使い分け、送り仮名、カタカナの表記、数字の表記、句点、読点などがある。特にIT分野は外来語の専門用語が多用されるが、その表記は人によって異なっているというのが現状である。数字の表記も算用数字と漢数字の使い分けがある。日時や金額、慣用句や固有名詞、さらにあいまいな数を表す場合など、それぞれの使い方は異なっている。

 このため、複数人で提案書を書くとき、人によってバラバラにならないように、用字・用語・表記法は統一する必要がある。

 次回は、今回のインタビュー結果をまとめ、仮説を検証しながら、実際に提案書を作成するまでのプロセスを解説する。

今回、筆者が作成したプレ提案書(パワーポイントのファイル,ZIP形式で圧縮)は、こちらからダウンロードできます。

著者プロフィール
情報サービス会社でシステム構築の一連の業務に携わった後、トーマツ コンサルティングのマネジャーのほか、社団法人・日本能率協会の専任講師も務める。IT戦略、システム化計画、システム開発方法論のカスタマイズ・提供など、ITを中心としたコンサルティングと人材育成を行っている。現在はコンサルティング・フェア・ブレイン代表取締役