図1●店舗数とPOS単価の端点
図1●店舗数とPOS単価の端点
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図2●押さえた端点の中に最適解がある
図2●押さえた端点の中に最適解がある
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みなさん,こんにちは。先月号から連載をはじめましたコンサルタントの金子でございます。今回は,コンサルティング作業を開始するうえで,最も基本となるテクニックにまつわる話を進めたいと思います。「拡散から収束へ」なんていう題から,とても高尚なテクニックを想像する読者もいらっしゃるでしょう。なーに,私が書く文章ですから,そんなに難しいことが書けるわけがありません。要は,解決策は「バランスがとれたものになる。そのバランスを見いだすためには,いったん極端な方向に話を向けなければならない」という原則です。最後まで,気楽におつきあいください。

 「今夜は,何を食べようかな?」この記事をお読みの読者の中には,夕ご飯のことを考えていらっしゃる方もおいでかもしれません。「よしラーメンだ!」と迷わずに決められる人は,すごい人です。たいていの人は,「イタリアンにするか,居酒屋か,うーん,いっそ,すしにするか!」というように迷うでしょう。夕ご飯でも迷うのが普通なんですから,2億~3億円の投資案件を決定するのであれば,そりゃ誰だって迷いますよね。今回は,POS(販売時点情報管理)システムの全面入れ替えを検討している社長さんとコンサルタントの会話です。

初めは拡散方向から

社長:わが社は,地方にコンビニ店を300程度展開しています。弊社のPOSは,格好は一人前なんですけど,来店客用のレシート発行機にすぎません。仕入れ原価を登録する機能も,売り上げデータを本社に転送する機能もありません。最新のPOSを全店舗に入れたいのですが,どうでしょう?

コンサルタント:POSにもピンからキリまであります。仕入れ原価登録機能と売り上げデータ転送機能だけ,あればいいんでしょうか? それでもPOSが1台80万円としても,80万円×300店=2億4000万円は要りますね。

社長:できれば,投資額は少ない方がいいんですが…。

 このような状況でコンサルタントは,「じゃあ,ご要望に合う70万円のPOSがありますから,これに決定ですね」とは言いません。何のためにPOSを入れ替えたいのか,社長の本音はどこにあるのかを知るために,様々な探りを入れます。

コンサルタント:一口にPOSと言っても様々なタイプがあります。例えば,パソコンPOS。これはパソコンにドロワー(引き出し),バーコード・スキャナなどをつけて,ソフトを搭載したものです。これなら1台40万円程度でなんとかなります。ただし,最も安いのは今のPOSを使い続けることです。これなら投資額は,ゼロ円です。

 コンサルタントは,ゼロ円という極端なケースを持ち出し,議論をいったん,拡散方向に誘導します。これは,ブレーン・ストーミングと呼ばれている発想法を,コンサルティングの現場に適用しているのであり,クライアント(依頼主)に揺さぶりをかけているのです。一度は,ゼロ円(現状維持=何もしない)という端点(これ以上はありえない一線)を押さえて,「それはありませんよね。少なくとも1円以上の投資を実施するんですよね」とクライアントの決断を促しているのです。(図1[拡大表示])の斜線の範囲のどこかに答えがあるというイメージです。

答えはこの中にある!

 さて,次の端点を押さえましょう。コンサルタントは,この会社の財務状況を調べます。年間の売上高は500億円弱,経常利益は1億円強でした。次に,総投資額2億4000万円でPOSを新規に導入した場合のリース料を計算します。

 月額リース料率を2%とすると,月間リース料は2.4億円の2%で480万円,年間リース料は12倍の5760万円です。旧POSの廃棄,新POSの搬入設置費用などを1台当たり2万円とすると300店舗では600万円,仕入れ単価マスターデータの入力やセットアップの作業料を1000万円とすると,初年度にかかる費用は合計7360万円になります。

 1年間の経常利益が1億円ですから,POSだけに7360万円をかけるのは危険です。下手をすると,経常利益がマイナスになって銀行からの融資がストップしてしまうかもしれません。余裕を持たせるには,POS入れ替えに関する総投資額を,2億4000万円の半額の1億2000万円以下に抑えたい所です。これが端点の一つになります。

 さらに別の端点を押さえるために,一部の店舗のみPOSを入れ替える可能性はないかを検討します。

コンサルタント:そもそも新型POSを導入する目的は何ですか? 仕入れ原価登録機能や売り上げデータ転送機能付きのPOSを導入して何をしたいのですか?

社長:いやー,実は,友人の他社の社長とバーで飲んでいて,仕事の話になったんです。そいつが言うには,「おまえの会社は,店舗別損益がわからないのかよ。情けないねー。そりゃ,儲からないはずだわ」とコテンパンにやっつけられまして…。私も店舗の閉鎖と新規出店の両方を同時に進めたいと考えていた時だったんです。POSに仕入れ単価を登録させて,売り上げデータを本社に転送させれば,毎月店舗別損益が計算できる。不採算店舗がハッキリすると考えたわけです。

コンサルタント:そういうことだったら,全店舗に新型POSを導入する必要はありませんね。まず,店舗を三つに分けます。明らかに黒字の店舗,明らかに赤字の店舗,それ以外です。前の二つは,損益を改めて計算するまでもないでしょう。担当者に聞けばわかると思います。黒字店は残し,赤字店は黒字化する見込みのないものを閉鎖します。店舗別損益が必要なのは,赤字か黒字かがハッキリしない店舗だけです。

社長:なるほど。しかし,旧型POSと新型POSが混ざると現場は混乱しませんかね。

コンサルタント:その心配はないでしょう。店舗間でパートさんやアルバイトの人が異動する可能性は低いですし,一つの店舗内で新型と旧型を混在させないようにすればいいと思います。混乱するとすれば,情報システム部でしょうね。

 ここの検討で押さえられた端点は,全店舗数の3分の1にあたる100店舗程度だけに導入するということです。

 さらに,別の端点を追います。今度は,POSの機種選定です。パソコンPOSは,操作が複雑で特に高齢のパート社員には使いにくいなどの理由から,今回は選定対象からはずします。POS専用機の中から,仕入れ原価登録機能,売り上げデータ転送機能付きのものピックアップし,A社製のA1,A2,A3,B社製のB1,B2,B3,C社製のC1,C2,C3に絞りました。情報システム部からは,現行機を含めて3機種までで,同一メーカーにしてほしい。1社にそろえるのがどうしてもダメな場合にも,2社までにしてほしい,との要望が出されています。これで,また端点が一つ決まりました。

 そして次なる端点は…,と言う具合に,次々と端点を押さえます(図2[拡大表示])。この何枚にも重ねられた斜線部の共通範囲のどこかに最適な解決策があります。“この外にはない”,これが重要なのです。「この外にはない」と断言するところから,本格的な最適解探しが始まるのです。ここで言っている端点を押さえるということは,いわゆる「外堀を埋める」という戦術と同じ意味あいですね。

収束方向に向かって

 端点をどんどん増やしていくと,その組み合わせの数も膨大になっていきます。そこで,議論を収束方向に向かって,まとめていかねばなりません。まとめていく際に,重要な役割を担うのが,制約条件です。

 制約条件,というと何だか難しそうですが,要するに,これを満足しなきゃダメという条件です。例えば,上記の情報システム部の要望は,強い制約条件になります。ほかにも,POSの入れ替えは,今年の年末までに完了させたいとか,プログラム保守はPOSの販売会社が面倒をみてほしいなどです。

 制約の強いものから,順に検討し,最適解を絞り込んでいきます。もっとも,「あちらを立てれば,こちらが立たず」という現象は必ず発生します。「うーん,A社製のものは価格は安いが操作性は悪い,B社製は価格はほどほどだが大きくて,狭い店舗に不向き,C社製は価格が高いが機能が豊富だ…」などです。さて,どうする? といった状況ですね。原則は制約の強いものを優先することですが,現実には制約条件がからまり合い,一筋縄では行かないことがほとんどです。

 うまくやるコツは,二人以上で考えることです。一人で考えていると,どうしても見方が一方的になってしまいます。それに,他人に疑問点を説明しているうちに,最適解を自分で見つけてしまうこともあります。優秀なコンサルタントは,このあたりの検討過程の“ゆらぎ”を,必ず記録に残します。後日,報告書を作成したり,ほかの人に説明する際に,必要になると知っているからです。この検討過程のゆらぎこそが,最も重要であり,報酬がもらえるポイントなのです。


 パラグライダーは,どうして空を飛べるんだろう? 素朴な疑問を持つ人もいるかもしれません。パラグライダーは,名前のとおりグライダーです。無風であれば少しずつ降下するだけであり,飛んでいるというより落ちている(=滑空している)というのが実態です。飛ぶというイメージになるためには,上昇風が必要です。上昇風とは,文字通り,下から上に向かって吹く風です。例えば,雲は暖かい空気が上昇し,上空で冷えてできたものですから,基本的に雲の下には上昇風があります。パラフライヤが「雲の吸い上げ」と呼ぶものです。しかし,調子に乗って,夏の入道雲のようなモクモク雲の下に入ると,吸い上げがキツすぎて降りられなくなることも。人間もパラグライダーも,舞い上がりすぎないように注意せよ,ということでしょうか?(えっ!舞い上がっているのは,私だけですって。そんなはずでは…)