動 作
他方式との併用の可能性を探る

 声や署名など動作で認証する方式は,他方式との併用を考慮した技術開発が始まろうとしている。なぜならこれらの方式は,単体での利用は難しいからだ。理由は三つ考えられる。まず,登録・照合時の動作が不自然だったり,抽出に時間がかかること。二つ目が,経時変化が大きいこと。三つ目が,慣習や文化の壁だ。

 声紋認証で問題となるのが,登録・照合時の発話内容。技術的には周波数変化や符号化情報で比較する手法が確立されつつある。発話内容は,パスワードやサーバーが適宜指定するテキスト,フリーワード(会話)のいずれかになるが,どれも一長一短がある。キーワードや指定されたテキストは時間がかからないが,パスワード(テキスト)を声に出すのは抵抗を感じる*5。フリーワードの場合,登録時は20秒,認証時は5秒くらいの音声データが必要とされている。時間も問題だが,それ以前に話す内容が決まっていないとユーザーはとまどってしまう。

 そこで,KDDI研究所が考案したのが指定された数字を発話するという手法。登録時はある程度多めの桁数(6桁など)で数字を登録し,照合時はそのうちのいくつか(4桁など)を並べ替えて発声する。照合時に要求される数字は毎回異なる。

 「文章を並べ替えると意味のない文章を話さねばならないし,登録量も増える。発声量が少なく,並べ替えても発声しやすいものが数字だった」(KDDI研究所 音声処理グループの加藤恒夫研究主査)。誤判定を減らすため,しきい値を2カ所設け,スコアが二つの値の間(グレーゾーン)にある場合は別のパターンを発声させる手法も取り入れている。

署名に文化の壁

 文化の壁に悩むのが署名だ。「精度も照合速度も高くなっているが,日本に署名をする文化が根付いていないことが障壁になっている」(日本サイバーサインの茶位利昭代表取締役社長)。日本サイバーサインは1997年ごろから署名認証を商品化。ノートパソコンのタッチパッドを使って入力するものも含め,すでに12万ライセンスを販売した。ただし,まだブレークするには至っていない。

 「署名は本人が登録サインと似せて書こうという意志がなければ認証できない。意思確認もできるためネットワークを介した取引で使えるのではないか」(日本サイバーサインの茶位代表取締役社長)と,今後の市場拡大に期待を寄せる。

 署名認証の研究では,新たな研究テーマも出てきた。腕首の回転や指の長さを推定するという研究である。署名で本人かどうかを見極めるパラメータには,書き順やスピード,筆圧など複数ある。ただし,「動作による認証は入力部分の情報がないため,出力された情報から特徴量を推定するしかない。動作を物理情報に変換して入力部分の推定ができれば,信頼できる生体認証技術といえる」(東京理科大学工学部電気工学科の半谷精一郎教授)。

 半谷教授はドイツの大学と共同で,「BioPEN」と呼ぶ新たなデバイスを使った署名認証も考えている。BioPENは圧力や傾きが検知できる特殊なペンで,採取した照合用データをサーバーに無線で送り照合するというもの。タブレットよりも署名データの解析性能(時間分解能)が20倍も高いという。

真似が困難なまばたき動作

 動作を使う生体認証技術のなかでユニークなものに,まばたきを使う認証方式がある。まばたきは目の動作情報なので,顔認証と組み合わせやすい。ただし,1日の中での経時変化が大きいという根本的な問題もあり,まだ精度が高いとは言えない。

 まばたき認証は,黒目領域の変化量を特徴として用いる。「無意識にしているまばたきは高速な動作なので,他人が真似るのは難しい。なりすましはほとんど不可能だと考えている」(東京理科大学大学院工学研究科電気工学専攻の藤田健氏)。今後は,マッチングの方式を見直して認証精度向上を図るほか,顔認証と併用した場合,どれくらい精度が高まるのかを検証する。2~3年後をメドに専用LSIを開発する予定だ。