社会的認知度が高まるなか生体認証の技術開発は,かつてないほどの熱を帯びている。古くからある指紋や虹彩,中堅どころから突如最前線に飛び出した静脈,ブレークを狙う顔や声紋,署名など生体認証といってもさまざまだ(図1[拡大表示])。いずれもセキュリティ確保と利便性の両立を図り,安心・安全の社会を支え得る技術として,ヒト・カネ・モノが投入されている。
では生体認証の技術開発のポイントはどこにあるのだろうか。どういったところで開発者や研究者はせめぎ合っているのか。ポイントは使い勝手の改善,精度の向上,装置の小型化,コスト削減の四つだ。ここでいう精度の高さとは,他人を受け入れたり本人を拒否する誤認証が少ないことを指す。
例えば,導入実績が多い指紋認証技術は,どんな利用環境でも安定的に正しく認証される点に開発の焦点が当たっている。静脈認証は装置の小型化,虹彩認証は使い勝手とコスト低減を両立する装置の開発が求められている。顔認証は照明の影響や経年変化への耐性を高めるなど,基本的な精度を向上させる段階にある。
すべての技術に共通した課題もある。「なりすまし」への対策だ。生体認証の普及につれ,その信頼性を損なう脆弱性への対策は喫緊の課題となり,技術面と運用面の両方での対策が考えられ始めている。
指
紋 センサーとアルゴリズムの改良進む |
利用件数が頭抜けて多い指紋認証装置*1。それだけに技術開発のポイントも,現場からのニーズをくみ上げたものになっている。具体的には,現場で使う際の精度を確保することと,センサーの省スペース化だ。
精度の確保については,センサーと照合アルゴリズムの両面で開発が進んでいる。指紋センサーは,濡れた指や手荒れなどで乾燥した指,汚れた指などを読み取るのが苦手。製品によって差はあるものの,光学式だと濡れた指や汚れた指の検知に時間がかかったり,読み取れないことがある。静電容量方式や周波数解析方式,感熱式センサーになると,濡れた指はほぼ読み取れない(図2[拡大表示])。
センサーでは光学式センサーの改良が顕著だ。例えば,NECは指の周囲から指内に光を照射することで,カシオ計算機は指の表面直近から光を照射することで濡れた指や乾燥した指も読み取れるようにした。このほかセンサーに触れずに指紋を検出する非接触方式も登場した(写真1[拡大表示])。三菱電機は,接触するがために,指の表面の状態に左右されてしまう指紋認証の欠点に着目。指の上から光を当て,指の内部を透過する光を検知するセンサーを開発した*2。
照合アルゴリズムについては,現在主流の方式を見直す動きが出てきた。現在の主流は,指紋の分岐や切れ目を特徴点として抽出する特徴点抽出方式(マニューシャ方式)。指紋画像を重ね合わせて一致度を見るパターン・マッチングに比べ,照合時に指の置き方が大きく変わっても照合できるのが大きなメリットだ。ところが,指紋の形状が特殊だったり指が荒れたりして,特徴点をとりづらい場合は照合できない。
こうした特徴点抽出方式の弱点に対し,カシオ計算機は局所的に画像をマッチングさせ,マッチング部分の位置の関係を照合に使うアルゴリズム「VeriPat」を開発した。「だれでも使えるものを作ろうという発想で開発を始めたところ,特徴点抽出方式では精度が出なかった。特徴点が少ない人がいたり,庭いじりなどで指が汚れたりすると照合できないからだ。VeriPatであれば,これまで対応できないといわれていた指も照合できる」(カシオ計算機羽村技術センター要素技術統轄部の竹田恒治副主席)。
この方式であれば,肌荒れなどに強くなるうえ登録拒否も少なくなる。経時変化への対応にも効果があったという。今後は照合速度を速めることが課題だ。
センサーの小型化が進む
センサーの省スペース化は大きく二つの方向性がある。一つはセンサーの面積を小さくする方向。指をすべらせて使うライン・センサーがこれに当たり,すでにノートパソコンや携帯電話に搭載されている。
もう一つが,表示デバイスと指紋センサーとを一体化する方向だ。一体化すれば,筐体に指紋センサー用のスペースを設けずに済む。例えばカシオ計算機は2004年10月,液晶パネルと一体化した指紋センサーを発表した。透過型の光学式センサーを液晶パネルの上に重ね,一つの装置に液晶表示機能と指紋センサー機能を両立させた(図3[拡大表示])。指紋センサーと液晶パネルを2枚重ねにしたため,表示が暗くなる問題があったが,フォトセンサーや配線を微細化し,液晶表示の輝度を上げることで解決した。