今回から6回にわたって、ヘルシー食品(仮名)への具体的な提案活動を通じてポイントを解説していく。第1回の今回は、ヘルシー食品の事業内容と提案活動を始めるに至った背景を説明する。仮説検証型の提案スタイルでは6つのプロセスに注意する必要がある。

(小野 泰稔=コンサルティング・フェア・ブレイン代表取締役)



今回提案する顧客企業のプロフィール

図1●ヘルシー食品の会社概要

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図2●ヘルシー食品への提案活動の全体スケジュール

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 ヘルシー食品は、有機食材をはじめとした食料品の通信販売事業を行っている。30年前に社長の高橋氏が「本当に安全でおいしい食品を消費者に」をコンセプトに創業した会社である。現在では、店舗での食品販売事業も展開している(図1)。

 両事業とも会員制で運営しており、会員数は約15万人に達している。通信販売事業は、毎月末に最新の商品カタログを会員に送付して、それを見た会員からOCR(光学式文字読み取り装置)用紙で注文をもらう。受注した商品は翌週、物流センターから会員の自宅へ配送する。店舗販売事業では、中規模の路面店舗を10店舗運営している。会員には会員割引価格で商品を提供し、会員以外の一般顧客にも通常価格で販売をしている。どの店舗も、ややさびれた商店街にある。

提案のきっかけは1本の電話から

 ある日の朝、私が電子メールのチェックをしていると、1本の電話が入った。相手は半年前まで私どもが収益管理システムの導入支援をしていたCFB社の室田部長であった。室田部長からは、そのプロジェクトをきっかけに、いろいろな相談をいただくようになっていた。以下、そのときの会話を再現する。

室田「実は、“新規ビジネス創造研究会”という研究会を定期的に行っているのですが、そのメンバーにヘルシー食品という会社があるんですよ。今日は、その会社のことでお願いしたいことがありまして」

「はい。どんなことでしょう」

室田「ヘルシー食品の事業開発推進室に梅田さんという人がいるんですけど、その梅田さんに電話して、彼の相談に乗ってあげてほしいんですよ」

「梅田さんは、どんな人なんですか」

室田「彼は若手社員で、まだ役職にはついていないんですが、事業開発推進室の中心的メンバーなんです。まあ実質的な推進者といったところです。やる気も力もあるし、社内では随分信頼を置かれています」

「その梅田さんが、どんな相談でしょう」

室田「いや、彼も悩んでいるんですよ。主力の通販事業では、一応安定的な売り上げはあるものの、収益面では必ずしも良くないようです。休眠会員も増えているようですし。その打開策として始めた店舗販売の事業も中途半端でしてね。梅田さんとしては新規事業に抜本的な打開策を求めたいところなんでしょうけど、なかなかアイデアが出てこないのです。だから私が梅田さんに言ったんですよ。“そういう時は、社内の力だけでは限界があるし、先に進まなくなるから、外部の力を借りたほうがいいですよ”ってね」

「そういうことですか。分かりました。まずは電話して、梅田さんから状況を聞いてみますよ」

 室田部長からの話は、第三者から見たときのヘルシー食品の現状であり、貴重な情報である。しかし誤認が含まれている可能性も十分にある。そのまま、うのみにはできないが、状況は何となく理解できた。

インターネット通販の採算性に不安

 私は、室田部長からの電話を切ると、そのままヘルシー食品の梅田氏に電話した。目的は、訪問日程の調整とヘルシー食品の状況や梅田氏の問題意識などを直接聞くためである。梅田氏に室田部長からの紹介であることを伝えると、警戒心がほとんどなくなったのか、とても打ち解けて話をしてもらうことができた。

梅田「事業開発推進室の室長からは、毎日のように“新しいアイデアはまだ出ないのか”とプレッシャーをかけられていますよ。そこで先月、1つ具体的なアイデアを出してみたんです。食料品の通販事業の幅を広げるという意味で、有機食材を使ったお惣菜の加工・販売はどうかって。付加価値も高くなるし、顧客満足度も向上するのではないかと考えたのですよ。だけど、調理設備は持たない方針だし、冷蔵設備がないことからあきらめました。むずかしいですね」

「店舗販売では、何か考えはないのですか?」

梅田「店舗販売はダメですよ。非常に厳しい状況でしてね。店舗の閉鎖も覚悟しないと。でも働いている人たちの処遇や地域の住民との関係など考えると、そんなに簡単に閉鎖するわけにもいかないし…」

「インターネットの活用はどうでしょうか?」

梅田「確かに、インターネットの活用には興味もあるし注目もしているんですよ。でも“ヘルシー食品ならでは”の活用方法が分からない。他社はインターネット通販で本当に採算が取れているんですかね」

「今度、訪問させていただき、もう少し詳しくお話しをうかがわせてください。最近のインターネット通販の動向に関する資料もお持ちしますが」

梅田「ぜひ拝見したいですね。通販も店舗も環境が厳しくなる一方ですから、できるだけ早く次のビジネスに向けた布石を打っておきたいところなんです。でも、なかなか知恵が浮かばないんです」

 梅田氏との電話で、私は次のような感触を得た。

(1)新規事業に関しては「自社で扱っている有機食材を使ったお惣菜の加工・販売」という具体的かつ現実的なアイデアが出ていることから、現状を打破したいという気持ちは本物であろう。
(2)しかしインターネットへの取り組みはアイデアの整理が甘く、突っ込んだ検討をするまでにはたどり着いていない。
(3)我々への期待は、他社の通販事業の最新事例を見せてもらいたい、ということだけかもしれない。

仮説を立案するにはセオリーがある

図3●提案のための全体プロセス

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 約束した訪問日までには、8日間の時間的余裕があった。そこで、私はセオリーどおりに情報収集と仮説の立案をしてみることにした。仮説検証型の提案活動については、提案書を作成するまでのプロセスが重要であり、提案活動のきっかけを見つけたときから、そのプロセスは始まる。これは6つのステップから成り立つ(図3)。ヘルシー食品への提案も、まさにこれからこのステップをそのまま踏んでいくことになる。

ステップ1:情報の収集と仮説設定
 その後を決める、重要なステップと考えてよい。この段階での情報収集は仮説を立てるために行うのである。仮説を立てるということは、平たく言えば「顧客にとって本当に重要なテーマは何か」ということについて真剣に考えてみることにほかならない。具体的な仮説に基づいて顧客と話をすることで、顧客の潜在的なテーマを顕在化させ、本当に必要なテーマに近づくことができるのである。

ステップ2:ニーズを引き出すための資料作成
 立てた仮説に基づいて、インタビューをするための資料を作成するステップである。資料なしでの口頭による説明だけでは、正しく仮説を伝えることが困難であると同時に、顧客からより具体的な話を引き出すことも難しいのである。たとえ1枚でも資料を作成するのとしないのとでは、大きな違いが出てくる。

ステップ3:インタビューと仮説検証
 実際に客先で、仮説に基づいたインタビューや情報収集を行うステップである。インタビューの目的は、仮説を検証することである。この目的が明確になってこそ意味のあるインタビューが可能になる。仮説なしで臨むインタビューは、たまたま聞けたことしか聞けず、それ以上は何も生み出さないのである。

ステップ4:インタビュー結果のまとめ
 インタビュー結果を整理し、提案するのに必要な仮説検証ができたかを吟味する。不十分であれば、再び仮説を立て、インタビューを繰り返す。この時点で、提案の骨子を固めることになる。

ステップ5:提案書作成
 検討した提案の骨子を、顧客に分かりやすくかつ正確に伝えるための提案書にまとめるステップである。

ステップ6:プレゼンテーション
 提案書に書き切れなかった思いも込めて、プレゼンテーションを行うステップである。プレゼンテーションを行うことで、提案は完結するのである。  どのような情報を収集し、それをどう分析し、どのような仮説を立てたかについては、次回から詳しく解説していく。

著者プロフィール
情報サービス会社でシステム構築の一連の業務に携わった後、トーマツ コンサルティングのマネジャーのほか、社団法人・日本能率協会の専任講師も務める。IT戦略、システム化計画、システム開発方法論のカスタマイズ・提供など、ITを中心としたコンサルティングと人材育成を行っている。現在はコンサルティング・フェア・ブレイン代表取締役