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 8月14日,羽田発7時25分の便で松山に向かった。2カ月ほど前に会社の代表電話に電話があった。「愛媛県西条市のKさんからお電話です」。オペレーターから言われた瞬間,高校の同窓会の連絡だ,とピンときた。今回の里帰りはこの同窓会に出席するのが目的だ。同窓会は93年以来。今年は卒業からちょうど30年,節目の年だ。

 母校は愛媛県立西条高等学校。西条市は松山市から東へクルマで1時間ほどの瀬戸内海に面した町だ。学校は紀伊徳川家の分家だった伊予西条藩の陣屋跡にあり,100年を超える歴史をもつ。清水のわくお堀に囲まれ,江戸時代の門がそのまま残っている。同窓会は日曜日の17時半に,この正門に集合。恩師の熊野先生に私の新著『ネットワークエンジニアの心得帳』を持参した。扉に一句したためようと,飛行機の中で考えたのだがいい句が浮かばなかった。集合の1時間前にやっと出来上がった。

 さて,今回は電話サービスに大きな節目をもたらすFMC(Fixed Mobile Conver-gence)について書こうと思う。

FMCとは

 FMCとは,携帯電話端末を携帯電話網経由でも,固定電話網経由でも利用できるサービスだ。オフィスや家庭ではDSLや光ファイバーに接続された無線LANアンテナを介して端末が固定電話網に接続される。屋外や無線LANのない屋内では通常の携帯電話として使う。メリットとしては,無線LANエリアで発信する場合は安価な固定電話の料金で通話できること,携帯端末を内線電話機として使えること,などが挙げられる。

 FMCは英BT(British Telecom)が“BT Fusion”という名称で今年6月に世界に先駆けてサービスを開始した。基本的なコンセプトは“best of both worlds, all the convenience and features of a mobile phone with fixed line costs and quality”。つまり,「携帯電話の便利さと機能のすべてを固定電話の料金と品質で」だ。

 在宅時には携帯電話端末をBluetoothでプロードバンド回線に接続して,固定網で電話をかける。外出時には携帯電話網を通じて携帯電話として使う。無線として当初はBluetoothを用いるが,将来的にはWiFiに移行し,ホットスポットから使えるようにするとのこと。電話番号は固定網経由の発着信でも携帯電話の番号を使う。

 通話中のハンドオーバーがサポートされており,屋外から携帯モードで通話しながら屋内の無線エリアに入ると自動的に無線モードに,逆に屋内から屋外に出ると無線から携帯に切り替わる。

 通信事業者にとってのFMCの意味は,固定通信事業者が携帯事業者から音声トラフィックを奪うことだ。屋内からの携帯発信が固定電話になるからだ。1社で携帯も固定もサービスしている通信事業者にとってはトラフィックの奪い合いの問題はなく,FMCは新しい付加価値サービスとしてビジネス・チャンスになるだろう。ユーザーにとってのFMCの意味は,固定と携帯を合わせた通話料の節減と,利便性の向上にある。FMCにセントレックス機能(キャリアが提供するPBXサービス)を持たせれば,企業ユーザーはSIPサーバやIP-PBXなどの設備が不要になるためメリットはさらに大きくなるだろう。

 現在のモバイル・セントレックスは,近い将来FMCが本格的になれば不要になる可能性が高い。

FMCの電話番号

 FMCで使われる電話番号(正式には電気通信番号)はどうあるべきだろう。端末が移動するため固定電話用番号は使えないのは明白だが,BTのように携帯電話番号の090や080をそのまま使うのか,それともIP電話用の050なのか,新しい番号体系を作るのか。そんなことを考えていると8月10日に総務省が「IP時代における電気通信番号の在り方に関する研究会第一次報告書」を公表した。さっそく目を通したがガッカリした。将来の理想的な通信サービス像を見すえた上で考えられた「電気通信番号の在り方」ではなく,現状の追認とその延長上で考えられたものに過ぎない。

 電気通信番号とは「電気通信事業者が電気通信役務の提供に当たり送信の場所と受信の場所との間を接続するために電気通信設備を識別し,又は提供すべき電気通信役務の種類若しくは内容を識別するために用いる番号,記号その他の符号をいう」(電気通信事業法第50条)とのこと。なんだか明治の香りがする。今回の報告も基本的にこの定義に沿っており,サービスの識別(例えば03は固定電話,090は携帯),通信品質の識別(例えば03の固定電話はIP電話の050より高品質),社会的信頼性の識別(固定電話は場所が固定だから090や050より社会的信頼性が高い)という三つの識別を踏襲し,地理的識別も一定程度維持するという。

 どこが「IP時代における電気通信番号」だと言うのだろう。FMCについては,「サービスイメージを明確化し,利用する番号の検討を行うべき」とあるだけで,結論は出していない。VoIPにおいて日本は英国より進んでいたのだが,これではBTのようなサービスは当分望むべくもない。

FMCの本質

 FMCの本質は固定,携帯,IP電話などといったサービスの区別がなくなることだ。にもかかわらず電話番号でサービスを識別するという総務省の発想は理解できない。FMCの概念を拡張すると,IP時代の通信サービスの理想型が想像できる。IP時代の通信サービスの理想像は通信の主体が個々のネットワークやサービスから切り離され,場所や通信設備を問わずシームレスに適切なサービスを選択して利用できることだと,筆者は確信している。そのためには電気通信番号は通信主体を識別するIDであるべきであり,場所や通信設備あるいはサービスの種類を表すとする電気通信事業法の定義は時代遅れだ。IPネットワークにおいては場所や通信設備を表すのはIPアドレスであり,サービスの種類はポート番号だ。

 IP時代にはユーザーは1個のIDを持っていれば,場所がどこであれ,端末が固定電話機であれ,携帯であれ発着信ができるし,その通信で電話を使うのか,テレビ電話なのか,チャットなのか,といったサービスの選択は相手とのネゴシエーションとその時点で利用可能なネットワーク資源によって決定されるべきだ。通信主体は移動できるのが通常であり,固定電話は移動できるものを「わざと」固定している特殊な形態となる。

 レガシーな電話で03や06で始まる固定電話用番号が地理的にもくくりつけられている現状から,IP時代でも位置が変えられない技術的な仕組みは持たせる必要がある。だが,IP電話用の050番号をお客様問い合わせ用の番号として使う大企業も増えていることからも,位置の固定が「社会的信頼のもと」になっているという感覚は早晩なくなるだろう。

 電気通信番号による品質の識別も無用の長物だ。固定電話だけは現状を踏襲して品質の保証をするとしても,一般の通信はベストエフォートで十分と思われる。帯域幅が狭くて品質保証が困難だった時代はともかく,帯域幅が潤沢でQoS技術が進歩した現在では国が品質をうるさく規制する必要はない。現にSkypeはベストエフォートだが,ほとんどの環境で良好な音質を得られている。ちなみにSkypeNameという電気通信番号はネットワークや端末,サービスと独立した通信主体を表しており,筆者のいうIP時代の電気通信番号の要件をほぼ満たしていると言える。国が過剰な規制をするとレガシーな通信業者のサービスより,Skypeのようなインターネット上の自由な通信サービスの方が繁栄するかもしれない。

 総務省には,あるべきIP時代の通信サービスの理想像を明確にした上で,ユーザーの利便性や通信事業者のすばやい動きを阻害しない電気通信番号のルールを作ってほしいものだ。

ふたたびの門出

 同窓会は第5期理数科のものだった。理数科は学年に1クラスしかなく,3年間同じメンバーのせいか結束が固い。皆相応に年は取ったが,元気で活躍しているようで嬉しく思った。

 恩師に差し上げた本の扉に書いた句は,「ふたたびの門出祝わん雲の峰」というものだ。男の平均寿命は78歳,高校卒業から60年。とすると卒業30年の今年はちょうど折り返し点になる。今日ふたたび母校の門を出て新しい気持ちでこれからの30年を始めよう,という思いを込めた。雲の峰は夏の季語だが,西条の町を見下ろす西日本最高峰の石鎚山を指している。節目の年に会を開いてくれた幹事に大いに感謝し,クラスの皆に幸多かれと祈りたい。

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松田 次博情報化研究会主宰。1984年より,情報通信に携わる人の勉強と交流を目的とした情報化研究会を主宰。近著に,本コラム30回分をまとめるとともに,企業ネットワーク設計手法について新たに書き下ろした『ネットワークエンジニアの心得帳』がある。NTTデータ勤務。趣味は,読書(エッセイ主体)と旅行。