2006年は,高速なワイヤレス(無線)サービスが一挙に花開く年である。70メガビット/秒もの高速無線伝送を可能にするWiMAX(ワイマックス)をはじめ,無線LANでも100メガの新規格が固まりそうだ。携帯電話のデータ通信速度も,年内に3.6メガに引き上げられるだろう。

 これらの無線サービスはその高速性を武器に,ひょっとしたら光ファイバを中心とする現在のネットワーク・インフラ像を,大きく変貌させるかもしれない。そして一般に,これらの無線周波数は,我々地球人の眼では見ることはできない。だから「ネットワーク・インフラは見えなくなる」。

 正月早々,座布団が飛んできそうなお粗末な枕だが,もちろんこういうことではない。言いたかったのは「ネットワーク・インフラは今後,単体のサービスとしては意識されなくなる」ということ。もっとダイレクトに言えば,消費者であれ企業であれ,いずれはブロードバンド回線などのネットワーク・インフラ自体に,オカネを払わなくなるのではないか,という意味である。オカネを払わないものに対し,普通,我々はその存在を意識しない。だから視界から消えてしまう。

通信と放送の融合に垣間見えるネクスト・ワールド

 話が複雑になるので,対消費者に限定して考察を加えてみたい。消費者からすれば,ブロードバンド回線(すなわちインフラ)の最大の役割は,インターネットという巨大な英知(だけではないが)に我々を導いてくれる通路としてである。インターネット上のさまざまなコンテンツは我々の生活上の疑問に解とノウハウを提供してくれるばかりか,時には遠く離れた同好の士とのコミュニティをももたらす。娯楽情報も満載だ。そして利用者は,「そのような環境を実現してくれる対価」としてインフラに料金を支払っている。回線そのものに物理的な価値を見いだしている訳ではない。

 とすれば,そのような「環境」が別のところからもたらされるなら,もはや利用者はインフラに料金を払う必然性を失うことになる。 極端な話に聞こえるかもしれないが,2005年に世間の大きな話題となり,いまや産業界を巻き込んだ動きともなった「通信と放送の融合」を見ていると,既にその世界に入り込んでいることが分かる。

 通信と放送の融合は多様な視点で語られるが,私が改めて感じたのは,民放テレビ局におけるインフラの扱いである。言うまでもなく民放テレビの番組は「電波」というインフラに乗って家庭に運ばれてくる。テレビ局はこの電波を放つために巨額の投資をしているが,視聴者からは料金を徴収していない。番組の制作費や各種経費に加え,この電波インフラまでひっくるめて広告収入で回収しているわけだ。放送は通信の特殊な一形態だが,そのインフラを意識している視聴者はまずいない。

 通信の世界に眼を向けると,例えばUSENが提供する無料のインターネット放送「GyaO(ギャオ)」に,ネットワーク・インフラの将来像の片鱗を見ることができる。

 GyaOは広告収入を糧に,コンテンツ視聴料を無料にしたインターネット上の動画配信サービスである。2005年内に登録者数が500万加入を超え,今年中に1000万にも達しようかというほどの勢いで成長中だ。1000万といえば,もはや立派なメディアである。

 「無料」といえど,現時点ではインターネットに接続するための対価(インフラ料金やプロバイダ料金)は,登録者が自分で負担する。しかし,登録者が1000万クラスにもなれば,企業がほおっておくはずはない。メディアの効力を見越した企業(広告クライアント)から,「視聴のための敷居を下げる力」が働くことは確実だ。もちろん敷居を下げるとは「インフラ料金を広告で負担する」と同義であり,かくしてインフラは,次第に利用者の視界から消えていく。

事象を読み抜く姿勢がますます重要に

 こう書いていくと,「ネットワーク・インフラは価値がなくなるのか」という疑問の声が上がるかもしれないが,もちろんそんなことは全然ない。インフラは必要不可欠な存在であり,それなくしてはインターネットもへちまもない。そもそも価値がなければ,自分の代わりに別の誰かが何かを肩代わりしてくれるはずがない。

 ただ,これまでのような極めて分かりやすく直線的な世界が,少し変容し始めたことは疑いようがないだろう。それは通信事業者側からすれば,投資回収に広告という新たなパラメータを追加せざるを得ない,精神的にやや複雑な時代に突入するということである。そして最終的な利用者にとっては,自分はいったいどこにオカネを落としているのか,少々分かりづらい環境に組み込まれてしまうということだ。

 ここでは対消費者に限定して書いてきた。だが位置付けこそ違えど,対企業にとっても「ネットワーク・インフラは次第に見えなくなる」という事象には変わりがない。ここではむしろ,インフラの提供者側に「インフラを見えなくしたい意図」が潜んでいると思う。サービスの原価まで推測されてしまう特殊な世界からの脱却は,通信事業者の長年の課題でもあるからだ。

 2006年の通信・ネットワーク業界は,「やっかいな時代」を迎えようとしている。それは物事の複雑な因果関係と思惑に囲まれた世界であり,その一方で個人にとってみれば,自分の情報を差し出せばそれに見合った何かが提供されるという,あからさまな世界でもある。ネットワーク・インフラの帰趨(きすう)は,この状況を読み抜く格好の素材になるだろう。

 我々がこの時代を生き抜くために必要なのは,「本当に見えなくなるものは何か,なぜそうなるのか」を見極めようとする姿勢だと思う。


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