日本最大のアスベストユーザーだったクボタが2005年6月29日に開いた記者会見をきっかけに,アスベスト被害の状況が次々と明るみに出た。「日経ものづくり」はアスベストの材料としての特性と問題点,他材料での代替化の動きを8月号「事故は語る・緊急レポート 拡散するアスベスト被害」などで速報。2005年は「福知山線横転事故」「スペースシャトルの再度の断熱材剥離」などと併せて,事件・事故を技術面から検証する記事が多くの注目を集めた年だった。

 アスベスト禍の被害者数は急増中と見られ,これは当分の間続く模様。例えばクボタ旧神崎工場のあった兵庫県では肺がんや中皮腫の発症による労災保険の給付申請数が2005年4月から12月までで154件と,2004年度の26件に比べて大きく増えた(時事通信,2005年12月27日)。

 日本はアスベストを1960~1970年代に多く輸入しており,ピークは1974年の年間35万2110トンだった。その時期にアスベスト製品の製造や,アスベスト入りの建材を使った工事にたずさわった人が,続々と肺がんや中皮腫を発症していると見られる。厚生労働省が中皮腫認定事例93件を調査したところでは,潜伏期間の平均は38.0年。アスベストの取り扱い作業時に発散を防止する設備を設置することなどを義務付ける「労働安全衛生法(安衛法)」に基く省令「特定化学物質等障害予防規則(特化則)」が制定された1970年以前,つまりアスベストが野放しだった時期に吸い込んだ人が発症する時期が今であるわけだ。

 2004年10月1日にクリソタイルを含む石綿セメント円筒の製造などが禁止になり,事業場におけるアスベストの製造・取り扱い作業はほぼなくなったため,今後新たな被害はほぼ発生しないと考えられている。今後の焦点は「アスベスト製品の代替をどうするか」だ。理屈で言えば,アスベストは飛散の恐れのない状況で使っても問題はないことになる。しかし,経済産業省が2005年8月から開いている「アスベスト代替化製品対策検討会」では,あらゆる状況でアスベストの使用を禁止して他の材料に代替すべきだ,との議論がなされている模様だ。この会議の結論は2006年初めにも発表される予定だ。

 現在ほぼ唯一アスベストが使われている(法的には代替化を計画的に推進するよう定められている)のは,化学プラントなどに用いるシール材(ジョイントシール,パッキン,ガスケットなど)だ。低温で使うシール材はゴムに,高温で使うものはグラファイトまたはPTFE(四フッ化エチレン樹脂)に代替できることが分かっており,欧米ではすでに代替が進んでいる。問題はコスト。アスベスト製シール材(数十円)に比べると,グラファイト製は4~5倍,PTFE製は30倍にもなる。シール材は1プラント当たりで1万個も使うことがあり,かなり大きなコスト上昇要因になるため,プラント産業界が難色を示している,といわれる。

 アスベスト代替材料に関しては,安全性の観点からの検討が欠かせない。グラファイトやPTFEは安全性に問題はないと見られるが,グラスウールやロックウール,セラミック繊維といったアスベスト代替繊維の中には,アスベストと同様に発がん性が疑われているものがある。アスベストの毒性はその化学的性質にあるわけではなく,「小さくて細い」ことと「溶けない」ことによるものだ。だから,同じような大きさ,形状の物質であれば同じように毒性を示す可能性がある。

 人間がアスベストを吸い込むと,アスベストは気道や気管支にとどまらずに肺の奥深く,肺胞にまで到達する。そしてアスベストは,人体に備わっている異物の排出機構が働かないほど小さくて細い。とりわけ直径0.25μm以下,長さ20μm以上の繊維は,発がん性が強いとされる。さらに体内で溶解せずに滞留する。肺胞外の水素イオン濃度(pH)は弱アルカリ性の7.4,肺胞内でマクロファージと呼ばれる免疫細胞が分泌する酵素は強酸性の4.8だが,この範囲ではアスベストは溶解しない。

 一部の代替繊維でアスベストに似た発がん性が認められたとの報告もあるが,まだ毒性が確認されたといえる状況ではない。2006年以降,代替繊維に関してもその有用性とリスクを評価したうえで,使用上のガイドラインを設ける活動が活発化すると見られる。

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