「えっ? だったら俺も逮捕されてしまうよ」。都内にあるソリューションプロバイダの事業部長は、自分の行為が「偽装請負」と呼ぶ違法行為であることは認識していた。だが、逮捕されると最悪で1年の懲役刑になる重大な犯罪とは知らなかった——。



 偽装請負とは、書類上は請負契約もしくは業務委託契約(以下、請負契約)でありながら、開発・運用担当者を実質的に「派遣」として働かせて利益を得る行為である。「派遣」とは、開発・運用担当者がユーザー企業や元請け企業に常駐し、ユーザー企業や元請け企業から直接指示を受ける状態のことだ。

 そうなると、IT業界におけるシステム開発・運用の現場では、むしろ偽装請負が当たり前と言えるかもしれない。日常的な行為だからこそ、多くの担当者にとっては「偽装請負って何だ?」「経営者や社員が逮捕されるほど重い罪なのか?」といった認識しかないのだろう。実際、冒頭の事業部長のように、「違法行為と認識していても、何もしない経営者や担当者も多い」(偽装請負問題に詳しいIT産業サービス機構の井上守理事長)。

 偽装請負は以前から違法行為だったが、「IT業界では他業種と異なり、怪我などの労働災害がないため表面化しなかった」(井上理事長)という。ところが2004年、労働局がIT業界における偽装請負の実態解明と適正化に乗り出したため、にわかにクローズアップされるようになった。

 きっかけは東京労働局が2004年10月と11月に、偽装請負の疑いがある事業所に対して大規模な調査を実施したことだ。このときの調査対象の業種は、IT業界だけでなく多岐にわたっていた。だが、IT業界で職業安定法違反や労働者派遣法違反が13事業所も見つかった。さらに違反企業が「IT業界では常識化している」と発言したことで、偽装請負の問題はIT業界全体に飛び火した。

懲役刑もある多重派遣

 なぜ偽装するのか。請負契約の場合、発注企業に常駐して作業するのは許されるが、発注者が受注企業、もしくはその下請け企業の開発・運用担当者に直接指示をすることは法律で許されていない。一方、派遣契約では担当者への直接指示が可能だが、下請け企業を使う「多重派遣」が認められない。そのため、書類上は下請け企業を使える請負契約を結んでおき、実際の現場では、ユーザー企業や元請企業が直接指示して業務を遂行させるのである。

 だが偽装請負は、職業安定法第44条で禁止された労働者供給事業に当たり、紛れもなく違法だ。さらに第44条は、労働者供給事業者から供給される労働者を使うことも禁止している。つまり、ユーザー企業や元請け企業も処罰の対象になり、最悪で1年以下の懲役または100万円以下の罰金となる。実際、2004年の労働局による調査では、ソリューションプロバイダとユーザー企業の両方が職業安定法違反として指導を受けた。

 「偽装請負による多重な下請け構造で利益が中抜きされ、中小ソフトハウスが苦しむ原因にもなっている」。こう指摘するのは、船井総合研究所・第一経営支援部で中小ソフトハウスに対してコンサルティングを行っている長島淳治氏だ。労働局が問題視しているのも、下請け構造の中で業務委託契約が多重に結ばれ、2次請けや3次請け企業の担当者が発注企業に派遣されている実態だ。これは「構造的多重派遣」と呼ばれ、偽装請負のなかでもより悪質とされる。労働局の調査では、実際に常駐していたSEが6次請けの企業の社員だったケースも存在したという。

 ほかにも、ユーザー企業から受注した業務を、フリーのSEと下請けの請負契約を結んで業務に当たらせたことが違法と指導されたケースもあった。書類上は請負契約だったが、発注企業がフリーのSEの労働時間を管理したり業務を指示していたため、派遣つまり偽装請負とみなされたのである。