インターネットの予言書「The Death of Distance」
インターネットの予言書「The Death of Distance」
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 今回は、マーケティングでインターネットをどのように評価し、どう利用するのが妥当なのかという私見である。論点は2つ。1つは、マーケティング・チャネルとしてインターネットをどう考えたらよいのか、ということ。もう1つは、マーケティング・コミュニケーションの媒体(メディア)としての利用の仕方である。

マーケティング・チャネル

 インターネットをマーケティング・チャネルとして考察すると、2番目、3番目の販売経路として利用できるということは容易に理解できる。話題になる企業の中には、インターネットが出現していなければ事業が成り立たないものもある。例えば、アマゾンとかデルとかである。

 マーケティング・チャネル論者の多くは、マルチ・マーケティング・チャネルを主張するけれども、アマゾンはインターネットだけのシングル・マーケティング・チャネルである。一方のデルは、明らかにマルチ・マーケティング・チャネルを形成している。アカウント・マネジメントがその根拠である。

 マルチ・マーケティング・チャネル論がよりどころとしているのは、より多数の顧客や潜在顧客に到達するためには、マーケティング・チャネル(販売経路)は複数必要であるとの主張だ。確かに、高い業績を積み上げ続けている企業は、必ずといっていいほど複数の販売経路を確立している。

 ほとんど知る人もないが、米国企業のランズエンド(消費者向け衣料品のカタログ販売)とかラジオシャック(家電製品のチェーンストア/旧タンディー社)は、それぞれにコーポレート・セールス部門があって、消費者向けだと思われている製品を企業向けに販売している。逆に、合併に次ぐ合併で人々の記憶から消えてしまった旧デック社は、ダイレクト・マーケティング部門があって、自社製品のカタログ販売、通信販売で顧客を積極的に開拓していた。

 B2BにしろB2Cにしろ、それぞれに必ず複数の販売経路を「計画的」に構築し駆逐してきた。今もその挑戦は続いている。

シングル・チャネルの末路

 2003年11月に、デジキューブが自己破産を申し立てて破産した。この会社は、1996年2月にゲームの開発、販売を行っていたスクウェア (現スクウェア・エニックス) の100%出資で設立され、コンビニエンス・ストアに専用の端末機器を設置して、ゲーム・ソフトを販売するという、当時としては革新的な販売方法で注目された。端末装置とデジキューブとの間は、ISDN(総合デジタル通信網)や衛星中継回線で結ばれるものだった。

 デジキューブによるコンビニへのキオスク端末設置という新たなマーケティング・チャネルの開拓は、いくつかのコンビニに今も引き継がれている。ローソンやスリーエフなどである。今、そのキオスク端末は、様々な製品やサービスのチャネルになりつつある。

 それなのに、なぜデジキューブは自己破産しなければならなかったのか。それは、デジキューブのキオスク端末の設置先がコンビニに偏っていたからだ。そのコンビニでの販売が不振になると、キオスク端末から撤退してしまった。デジキューブの経営陣が、自社をゲームの販売会社と考え、キオスク端末を多面的に展開していればチャネルは失われなかったし、いろいろな製品やサービスを売ることが可能だったはずだ。販路として問題があったわけではない。その販路の展開の仕方、活用の仕方、品ぞろえ(マーチャンダイジング)や利用動機の開発に問題があったのだ。

販路の死角

 デジキューブが創業して間もないころ、筆者は某自動車メーカー調査部主催の広告宣伝メディア研究会にパネル・メンバーとして参加していた。その研究会での主要な議論は、通信メディアで製品(自動車)は売れるか、通信メディアは製品を売るために役立つか、というものだった。そのころの通信メディアとはインターネットの前世代、パソコン通信である。

 筆者の持論は、当時も今も変わっていない。顧客や消費者の製品情報を収集するためのプリファレンス・メディアは、顧客や消費者の主要なプロフィールの1つであり、製品やブランドのし好や選好を規定する、というものだ。通信メディアを好んで利用する顧客や消費者にはいくつか特徴的なところがある。つまり、通信メディアでも自動車は売れると主張した。

 それからだいぶたって、某自動車メーカーはインターネット専売の自動車を開発販売しようと画策したようだが、チャネル・コンフリクション(敵対的衝突)で企画は没になった。

 研究会当時、自動車メーカーの調査部の担当者は、自動車販売店の店頭に来る顧客の過半は、来る前に既に車種から型式、内装、外装まで決めていて、商談がいきなり納期や価格で始まるというのが不思議でならない、と話していた。

 しかし、古典的な購買行動論理であるAIDA(Attention〔注意〕Interest〔関心〕Desire〔欲求〕Action〔購入〕)を説明するまでもなく、顧客も消費者も広告宣伝メッセージの送り手が知らないところで、様々な製品情報を収集し、評価し、判断(意思決定)している。

 情報通信ネットワークが成熟し、変質し、拡張すれば、送り手がマネジメントできないマーケティング・コミュニケーション・チャネル(例えば口コミ)で、情報探査行動が行われているというのは自明なのだ。そのことを論理的に説明したのが、慶應義塾大学教授の國領二郎氏が提唱した「顧客間インタラクション」である。

 自動車販売店で、いきなり納期や価格を交渉し始める顧客の数が、購入顧客の過半を超えて久しい。そうならないためには、持続的な顧客とのコミュニケーションが必要とされる。ブランドごとに販路を作るのではなくて、顧客(群)ごとに販路を作るという発想が必要とされる。(次回に続く)

多田 正行(ただ まさゆき)氏:1947年生まれ。ロッテリア、チーズブロー・ポンズ・ジャパン・リミティッド、日本タッパウェアなどでシステム企画に携わった後、93年に独立。現在「eCRM塾」主宰。著書に「売れるしくみづくり」(ダイヤモンド社)、「コールセンター・マネジメント入門」(悠々社)、「コトラーのマーケティング戦略」(PHP研究所)など。IT分野の識者によるWebサイト「ITpro Watcher」で「CRM Watchdog」を連載中。