前回までで指摘したことは2点あった。

 1つは、コンタクトの量(回数)は多ければ多いほどよいということ。つまりそれだけ顧客とのコミュニケーション総量が多くなるからだ。

 2つ目は、顧客とのコミュニケーションには、それを分析し、顧客の意向や態度を把握するためのマーケティング技術が存在するということである。こうした技術はマーケティング理論を学習すれば容易に修得できるが、その人や組織の習慣、経験、あるいはリテラシーがいくらかは影響する。マーケティング領域のテーマは大体においてそうだから、初めは専門的な高等教育によって、涵養するのが最善策だと考えている。

 さて、ここ数年、コンタクトセンターやCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)について、もっぱらIT分野の人々と話題や意見を交換してきた。そしてずっと感じていた不安があった。それは、「この人たちは、依って立つマーケティングの理論をさっぱり学習していないのではないか」というものだ。

 典型的なのは、「顧客との関係醸成はコンタクトセンターがあれば実現する」とか、「CRMアプリケーションを導入し適用すれば顧客の獲得(acquisition)も維持(retention)も容易に実現する」とかという、ITの売り手側としての主張である。マーケティング活動が組織活動であることと、その多くはマーケティング・チャネル論の分野テーマであると知れば、これら売り手の主張が随分いい加減なものであることが分かる。

顧客が発した「馬鹿ヤロー」の真意は?

 確かにコンタクトセンターを開設して顧客の声を聞き続ければ、膨大な量の顧客の意向が蓄積できる。それを継続的に分析すれば対顧客施策の手掛かりも得られる。それがマネジメントの仕事なのだ。ところが、そのコンタクトセンターは非正規従業員で運営されていたり、外部にアウトソーシングされていたりする。

 そういう組織が獲得できる顧客の声は極めて限定的で表層的でしかない。つまり戦略的な推考に役立つ情報は得られない。

 この問題を解決するために、CRMアプリケーションを導入するという考え方がある。しかし、コトラーのマーケティング・マネジメントにも書かれている組織活動が行われなければ、アプリケーションが溜め込んだ記録の中にある「お客さんに馬鹿ヤローと怒鳴られました」という記述の「馬鹿ヤロー」の意味は汲み取れない。

 電話の相手が笑いながら「何を馬鹿なことを言っているのか、このヤロー」程度のものだったのか、あるいは怒り心頭の「馬鹿ヤロー」だったのかが重要なのである。笑いながらであれば、その真意は「親しみ」に近いと言えるが、怒り心頭の怒号なら敵意を意味するであろう。

 コンタクトセンターの開設・運営やアプリケーションの導入・適用が目的ではなくて、それらを活用して活動し成果を産み出すのがマーケティングである。米国でコンタクトセンターを運営している企業の中に、年に数日は上級管理職がコンタクトセンターでエージェントに同席して、顧客との対話に参画することを義務づけているところがある。特に、製品やサービスを非対面で販売しているとか、間接販売(つまり卸・小売を通じて販売)しているところでは、こうしたやり方が頻繁に採用されている。このような、CRMアプリケーションの活用・活動の現場に経営者が足を運ぶということの重要性を、もっと認識するべきだろう。

すべての顧客にCRMか?

 ポイント・カードが世の中に氾濫している。顧客のつなぎ止めに有効だからだ。しかし、よく見ると目的や目標が失われて、つなぎ止めに役立っていそうもない亜流が様々ある。

 日本ではポイント・カードと呼ばれているが、正確にはフリークエント・パーチェサー・プログラムという。日本語にすると高頻度利購入顧客プログラムである。航空会社のそれはフリークエント・フライヤー・プログラム、ホテルやレンタカー会社ではフリークエント・トラベラー・プログラムという。

 コトラーによれば、顧客をつなぎ止めるのに有効な方法の1つは「顧客に経済的な価値を供与することだ」というが、それはすべての顧客に対してまんべんなく供与するという意味ではない。差別はしないが区別はする。つまりセグメンテーションである。顧客が自社にとってどれほど重要であるかを評価して、重要な顧客には相応に処遇する、つまり差をつけるのである。

 では、どのように評価して処遇に差が生まれるのだろうか?いくつかの戦略的な検討を行うためのマーケティング理論がある。(次回に続く)

多田 正行(ただ まさゆき)氏:1947年生まれ。ロッテリア、チーズブロー・ポンズ・ジャパン・リミティッド、日本タッパウェアなどでシステム企画に携わった後、93年に独立。現在「eCRM塾」主宰。著書に「売れるしくみづくり」(ダイヤモンド社)、「コールセンター・マネジメント入門」(悠々社)、「コトラーのマーケティング戦略」(PHP研究所)など。