図1  ユーザビリティが注目される理由<BR>機器の多様化,コンピュータ化によって,使えないユーザーが増えている。短期開発で場当たり的な機能追加がなされていることも原因の一つだ。
図1 ユーザビリティが注目される理由<BR>機器の多様化,コンピュータ化によって,使えないユーザーが増えている。短期開発で場当たり的な機能追加がなされていることも原因の一つだ。
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図2  ユーザー中心の開発プロセス&lt;BR&gt;ISO 13407で規定した。タイトルは「Human-centered design process for interactive systems」。人間中心設計のための方法論を示している。開発のプロセスを4段階に分け,ユーザーのフィードバックを反映しながら開発を進めていくことを求めている。
図2 ユーザー中心の開発プロセス<BR>ISO 13407で規定した。タイトルは「Human-centered design process for interactive systems」。人間中心設計のための方法論を示している。開発のプロセスを4段階に分け,ユーザーのフィードバックを反映しながら開発を進めていくことを求めている。
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 「ユーザビリティをまじめに考えて作られた商品が,このところ増えてきた」(ユーザビリティのコンサルティングを手がけるユー・アイズ・ノーバスの鱗原(うろこはら)晴彦代表取締役)。ユーザビリティは「ユーザーにとって使いやすく,自分の目的にかなった製品であるかどうか」(メディア教育開発センター 研究開発部の黒須正明教授)を示す言葉だ。

 日本では1年半~2年ほど前に,ユーザビリティに高い関心が集まった*1。その動きが今,着実に根を下ろし始めている。

 ユーザビリティを重視すると,製品開発はこれまでと大きく変わる。多機能,高性能,派手なデザインなどこれまで製品の売りとしてきたポイントが,ユーザビリティを確保するうえで障害となる場合があるからだ。実際,開発の現場では,これまでと異なる考え方に基づいた製品開発が始まっている。

注目が集まる三つの理由

 ユーザビリティが重視され始めたのは,逆に言えば,機器の使いにくさが目立ってきたからだ(図1[拡大表示])。その最大の理由は「コンピュータが入った機器を,多くの人が使うようになったこと」(ソニー クリエイティブセンター UCD開発部の伊藤潤シニアユーザビリティスペシャリスト)。例えば20年前は,コンピュータは知識のある一部の人だけが使うものだった。今は多くの家庭にパソコンがあるし,ほとんどの家電製品はコンピュータ制御になっている。

 機器の多機能化が,さらに状況を悪化させる。多くの機能が一つの機器に詰めこまれすぎて,逆に何ができるのか分かりにくい。

 短期間での製品開発が,使いやすさを失わせている側面もある。3カ月や半年という短い期間でのバージョン・アップが求められる中で場当たり的に機能を積み上げた結果,ユーザー・インタフェース(UI)に統一感がなく使いにくいものが生み出されるようになってしまった。

 その結果「買ってはみたもののまったく使えない。返品の山になったDVDレコーダが実際にある」(ユー・アイズ・ノーバスの鱗原氏)。企業は強い危機感を抱き,ユーザビリティを確保するための開発手法「ユーザー中心設計(UCD:User centered design)」に本格的に取り組み始めた(図2[拡大表示])。例えばソニーは「2004年から,UCDの専門家が部門横断的にプロジェクトに入り,開発の初期段階からかかわるようになった」(ソニー クリエイティブセンター 戦略部の渡辺真理子係長)。5年前にユーザビリティ専門の部署を設けたパイオニアでも同様の取り組みを始めた。2005年3月に,その部署が開発の初期段階からかかわった最初の製品である「DVR-530H」など3種類のDVDレコーダを発表した。

地味こそが強みであり課題でもある

 ただ,UCDの成果は地味だ。一見して分かる顕著な特徴がない。「ユーザビリティをまじめに考えて作られたUIは,ぱっと見ただけでは特別なものだと気づかれないデザインになることが多い」(沖電気工業 研究開発本部 ヒューマンインタフェースラボラトリの三樹弘之シニアスペシャリスト)。

 これは企業にとって両刃の剣となる。派手なグラフィックスやアニメーションはユーザーの気を引くが,真似されやすい。その点さまざまなユーザー調査や分析の結果作られた地道なデザインは,真似できない。どんな背景でそのデザインになったかを知らなければ,真似すべきポイントがわからないからだ。

 「デジタル家電は,海外メーカーとの価格競争にいかに対応するかが課題と言われることも多い。しかし,練り込んで作ったUIこそが今後の差別化ポイント。簡単には真似できないぶん,大きなアドバンテージになる」(パイオニア ホームエンタテインメントビジネスカンパニー 技術管理部 ユーザビリティ・ラボの土屋亮介マネージャー)。機能や性能面での競争も限界を迎えつつある今,確かにユーザビリティへの取り組みが今後の重要なカギとなりそうだ。「ユーザビリティへの取り組みを先取りできるかが,企業の命運を分ける。これからは,勝負のしどころがユーザビリティに移るのは間違いない」(公立はこだて未来大学 システム情報科学部 情報アーキテクチャ学科の八木大彦教授)。

 半面,成果が地味であることが新たな課題を生む。それ自体がユーザーに訴求することはまずない。目的をスムーズに達成できるだけでは,ユーザーは満足しない。使っていて楽しい気分にさせてくれる画面づくりや,購入意欲をそそるような派手な機能強化とうまく折り合いを付ける工夫が求められる。