図3  身体的特性に合わないデザイン<BR>高さが低い操作盤があり,さらにボタンが操作盤の奥の方に付いていたとする。このとき人間はかがんで操作しなければならず,手前の表示が見えにくくなる。手前に異常を告げる表示パネルがあるとすると,操作中は異常に気付けない可能性が高まる。
図3 身体的特性に合わないデザイン<BR>高さが低い操作盤があり,さらにボタンが操作盤の奥の方に付いていたとする。このとき人間はかがんで操作しなければならず,手前の表示が見えにくくなる。手前に異常を告げる表示パネルがあるとすると,操作中は異常に気付けない可能性が高まる。
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身体的特性を考慮する

 方法論がある程度見えている(1)に比べ,まだまだこれからという状況にあるのが(2)である。(2)は,システムと人間との「ズレ」を見つけ出し,それを解消する作業になる。「人間にはさまざまな特性がある。これに合わない要素があると,人はエラーをしやすい」(三菱総合研究所 安全科学研究本部 安全政策研究部の上野信吾氏)からだ。身体的特性,生理的特性,認知心理的特性,文化的特性など,考慮すべき要素は山ほどある。また人によって特性が異なるため,多くの人に合うものを作るのは難しい。

 現在のところ研究が進んでいるのは,身体的特性と認知心理的特性だ。身体的特性は,人間工学で昔から研究されてきた。システムが人間の身体に合っていないと,操作を間違えたり必要な情報を見逃したりといった失敗が発生しやすい(別掲記事「身体的特性をシミュレーション」参照)。例えば必要な情報が見えにくい位置にあった場合。現在の状況を正しく把握できず,ミステークを犯す危険性が高まる。

 これを示しているのが下図[拡大表示])の操作盤である。この操作盤には問題が二つある。一つは,身をかがめなければ操作できないような低い位置にあること。もう一つは,操作盤の奥の部分に制御すべき機器が置かれていることだ。機器の操作中は手前の表示が見えないため,状況の認識を誤ってしまう。これがシステムの異常を知らせる警告ランプだったら,重大な事故を引き起こしかねない。

 人間の身体的特性に合わせたシステム設計に関する研究は,1970年代に米国の軍事分野で始まった。「軍事でエラーが発生すると,自軍の損失や無駄な犠牲につながる。しかも軍の研究なので被験者を集めやすい。サンプル数が多く信頼性の高いデータを作れた」(三菱総合研究所 営業統括本部の堀部保弘副本部長)。例えば,手のひらの大きさや指の太さ,関節間の距離などの情報を収集した。集めたデータに基づく機器の設計基準が「MIL-STD-1472F」である。指の太さなどからボタンの大きさを決定し,関節間の距離などから人間の身体の可動範囲に即した基準を作った。現在ではこれに基づいて設計指針が各分野で作成されている。原子力発電所や航空機など,操作ミスが大事故につながりかねない分野である。


画面●間違えるデジタルヒューマン
あらかじめ実験によって測定したデータを基に,人間と同じような操作のブレを再現する。自動車の車内の設計図を使って実験すると,人間がどの程度正確にボタンやレバーを操作できるかをシミュレーションできる。
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身体的特性をシミュレーション

 産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センターの中田亨氏は,「間違えるデジタルヒューマン」という研究を進めている。人間の動きをコンピュータで再現することで,機器のデザインを検証しようとするシステムだ(画面)。

 まず,実験によって人間の手がどのくらいぶれるかを調査した。手首に超音波発信器を付けて自動車の模型に触ってもらい,どの程度ブレがあるかを検出する。このデータを基に,人間の手の動きを再現するシミュレータを作成した。自動車のボタンやレバーをどのあたりに配置すればよいかを検証できる。

 このシステムを用いれば,機器の配置の良しあしを定量的に評価できる。高温多湿など自動車にとって厳しい環境を人工的に作って,短期間で10年の耐久性を見るといった試験は一般的に実施されている。しかし機器の配置のようなユーザー・インタフェースの加速試験は,人間に使ってもらう必要があるため難しかった。「このようなシミュレータを用いれば,短い時間で大量の実験ができる。例えばどれが一番押し間違えやすいボタンかを短い時間で識別可能だ」(中田氏)。