携帯電話、デジタル家電、自動車などに組み込むソフトの不具合が頻繁に発生している。

 10月13日には、トヨタ自動車が全世界で販売した2004年~2005年モデルのハイブリッド車「プリウス」に搭載したエンジン起動ソフトに不具合があり、これを無償で修理すると発表したばかり。あらゆる産業、公共機関の基盤となったソフトの不具合は製品回収に留まらない。日本企業が国際競争力を失う事態にもなりかねないだけに、問題解決を急ぐ必要がある。

 「組み込みソフトの規模が劇的に拡大したことが最大の問題」と情報処理推進機構(IPA)は指摘する。搭載するソフトは携帯電話で500万行、カーナビで1000万行と言われているのに、携帯電話の開発期間はわずか半年。しかも機能はどんどん追加されるなかで、1000~2000人のソフト技術者を投入しながら急ピッチに開発を推し進める。開発現場はまさに“突貫工事”の有様だという。

 ある業界関係者は「不具合のない携帯電話機はない。顧客が2~3年で製品を切り替えているから分からないだけで、5年も使えば日付が違うなどバグが発見される」と明かす。こんなバグをつぶすために徹底的にテストを繰り返し行っているものの、現場の頑張りだけの対応の限界は超えている。

 経済産業省によると、日本の組み込みソフト技術者は現在、17万5000人。7万人が不足しているという。このギャップを埋めるために多くの技術者が残業を続け、さらに中国など海外企業への開発委託、企業情報システム構築系技術者のシフトでしのいでいる。

 技術者数の問題だけではない。企業情報システム構築の現場で増加する納期遅れや機能不足、コスト増など失敗プロジェクトから見えるのは技術力レベルの低さだ。経産省のITスキル標準(ITSS)でレベル2以下のエントリーレベルの技術者が半数近くを占め、かつ高卒、大卒、情報工学系大卒の技術レベルに大きな差がないと言われている。そこで1年前からIPAなどが人材育成と開発体制などのプロセス作りに取り組み始めた。

育成策はソフト産業のためではない

 その一方で、「マスでソフト技術者を増やすのではなく、トップの技術者を育てることが本質」と主張する人たちもいる。

 製品のコアとなるソフトの技術力低下に危機感を募らせた日本経済団体連合会は、6月21日に「産学官の連携で高度な情報通信人材の育成」を提言。今後のIT政策の最大の焦点はITの利活用推進にあるのだからこそ、ITを活用して付加価値を創造できるトップレベルの技術者を育成することが重要課題とする。経団連は年間に新卒で1500人(将来は3000人)のトップレベルの人材を育成する必要があると説く。学術的な教育中心の大学では実務に役立つトップレベルの人材を育成できないとの判断が背景にある。

 そのため、組み込み系を含めて実務専門教育を実施する拠点を大学や大学院に10カ所設けるとともに、産業界はトップレベルの人材を教授あるいは講師として送り込み、世界に伍して戦える人材を育てることを支援するという。2007年度の開校をめざし準備に入っている。

 ところが、肝心の育成されるべき人材=学生の関心は冷えている。ある大学では情報工学を専攻する学生の定員割れに陥った。ソフト技術者を魅力ある職業にしていくことも肝要である。

 1つの解決策はスキルに見合った処遇をすることと、専門教育を受けら学生を優先して採用すること。もちろん経営者らがソフトの重要性を認めなければ話にはならない。ただし、勘違いされては困るのは、これら育成策はソフト産業のためではないということ。トップレベルの人材はソフト産業でも、ユーザー企業にいてもいい。ソフトは産業の基盤だからだ。

注(本記事は日経コンピュータ05年11月14日号「ITアスペクト」に加筆したものです。