ITサービス会社に対する会計監査がいよいよ厳しさを増す。受託ソフト開発を対象に、来春にも新たな会計ルールが導入されるからだ。SI案件全体を厳しく統制する体制作りが急務だ。



 「実態が見えにくいITサービス企業の会計監査には、注意を払うように」—。

 日本公認会計士協会(JICPA)が異例の報告書を今年3月に公表してから半年。主にITサービス業を想定した会計ルールの整備がついに始まった。日本の会計基準作りを担う「企業会計基準委員会」(ASBJ)が、11月からソフト取引を対象にした会計ルールの作成に乗り出したからだ。現在の案では、来年3月をメドに新ルールを公表する。直後の4月以降に始まる決算期から、すべての受託開発に適用を求める方針だ。

 そもそも、“会計不信”の震源地になったメディア・リンクスなどの粉飾決算事件で手口に使われたのは、顧客へのシステム納品までに複数の企業が介在する、いわゆる「仲介取引」だった。にもかかわらず、まず受託ソフト開発が俎上(そじょう)に載った背景には、業界と接する会計士の声があった。「受託開発でも、不適切な売上計上がある」「仲介取引と同じく、我々から実態が見えにくい」といった意見が、会計士協会やASBJの会合で噴出したのだ。

顧客とのなれ合いが温床に

 こうした会計処理の代表例が「品質が不十分なのに、顧客の検収を受けている」「正式契約前から、開発に着手している」といった顧客となれ合いの取引だ。検収後にも開発が続いていたり、失注リスクがありながら開発の成果物を資産に計上したりしているのだ。「売り上げと費用を対応させて反映する」という会計原則からは、どちらも問題のある取引だ。

 本来、公正であるべき取引にさえ不明朗な処理がある。端的な例が、年度で予算を執行する官公庁向けのシステム納入だ。あるソリューションプロバイダは「随意契約を前提に、顧客側から『開発を先行させてくれ』『全体の予算は確定できない』と持ち込まれる案件は、少なくない」と証言する。

 最近では、なれ合いを引きずった取引が顧客とのトラブルに発展したり、予期しない赤字案件として顕在化したりしている。以前ならば、顧客との継続的な取引で会計的には取り繕えていたが、ある会計士は「IT投資に対する顧客の意識が厳しくなり、“大幅な決算修正”のように破綻をきたしたのが業界の現状だ」と看破する。この点こそが、ASBJが今回のルール作りに動いた最大の理由だ。

 ASBJ側の事情もある。粉飾決算の手口になった仲介取引はITサービス業に限った話ではなく、ルール化は「商社機能の売上高をどう扱うかという産業界全体の問題」(ある会計士)に波及する。影響があまりに大きく、長期テーマにならざるを得ない。そこで、範囲を「ソフトウエア」に絞り込める受託開発をまず対象にして、ルール作りに着手したのだ。

 会計サイドの取り組みを傍観するだけなく、ITサービス業界も自ら襟を正そうと動き始めた。

 経済産業省は「情報サービスの財務・会計を巡る研究会」を立ち上げ、問題を含む取引例や課題を整理した報告書を今年8月に公表した。その狙いを、情報政策課の片倉正美課長補佐は「一部の取引が、業界の構造問題とされている今の状況は見逃せない。報告書をたたき台に、今後は業界が解決に取り組んでほしい」と語る。

 バトンを渡された形の情報サービス産業協会(JISA)は、会員企業の財務担当者を集めた議論を始めており、自主ガイドラインの作成や、その順守に取り組む企業への支援策を検討しているようだ。「経営体力がある大手は自ら対応できても、中堅以下は社内の仕組み作りから手助けしなければ、定着しない」(JISAの関係者)からだ。

SI案件を統制する仕組みを

 ITサービス会社としては会計ルールである以上、新ルールには対応せざるを得ない。そのために必要なこととして、関係者が口をそろえるのは「SI工程全体を厳しくチェックする体制が築けてこそ、適切な会計処理が現場に根付く」(ある会計士)ことだ。SI案件の「出口」が会計ならば、「入り口」は契約である。この契約段階から、取引全体を規律する内部統制の導入が求められている。

 具体的に、会計の観点から統制のポイントになるのが(1)開発は契約を踏まえているか、(2)検収(売上計上)の時点が適切か、(3)案件の分割検収に無理がないか、(4)アフターコストをどう扱うか、(5)複合的な取引をどう処理するか——などである。