見やすさと扱いやすさで紙を目指す
ペーパーライク・ディスプレイ

 ディスプレイを扱いやすくするには,薄く,軽く,割れにくくすべきだ。ただ,現状の液晶ディスプレイはバックライトがあるために薄型・軽量化には限度がある。また,ガラス基板を使っているため,衝撃があると割れてしまう。これらの問題を解決するため,二つの方向で開発が進んでいる。一つが,バックライトが不要な新しい表示素材を開発する方向。もう一つが既存の液晶ディスプレイの基板をフレキシブルなものに変更する方向である。

改良が進む電子ペーパー

写真●電子ペーパーの応用例
セイコーエプソンが試作した腕時計(左),シチズン時計が試作した公共施設などに設置する屋外用(中央)と携帯電話のサブパネル用(右)の表示装置
図7●電気泳動方式の電子ペーパーの表示原理と特徴
米E Ink社が開発したマイクロカプセルを使う電気泳動方式の原理を示した。溶媒で満たされたマイクロカプセルの中にマイナスに帯電した黒粒子とプラスに帯電した白粒子が封入されている。背面電極で電圧を印加すると粒子が移動する。表示が見やすいこと,薄く軽いこと,消費電力が低いことが特徴。
図8●E Inkのロードマップ
2005年6月時点で製品化されているものは第2世代の表示材料である。2006年には応答速度を速め,白の反射率を向上させ,駆動電圧を低減した2.5世代を量産する予定。
図9●フィルム基板で製造する部材
約30層から成るガラス基板液晶を,四つの部材に集約する。これらをプラスチック・フィルム基板に形成し,輪転機のように巻き取りながら製造する。

 新しい表示素材を使うディスプレイとして期待を集めているのが「電子ペーパー」だ(写真[拡大表示])。紙のように見やすく,薄く,表示が持続する。将来は紙のように曲げられることを目指しているため,電子ペーパーと呼ばれる。

 表示原理は複数あるが,代表的なメーカーの一つである米E Ink社は,マイクロカプセルを使う電気泳動方式のディスプレイを製品化した(図7[拡大表示])。透明な溶媒を満たしたマイクロカプセルの中にプラスに帯電した白い粒子とマイナスに帯電した黒い粒子が封入されており,電圧を印加して粒子を移動させて文字や絵などを表示する。

 このほかブリヂストンは,マイクロカプセルを使わず,2枚の基板の間で白と黒の微細加工を施した粉が移動するQR-LPDを開発。米SiPix社は60μ~180μmのMicrocupと呼ぶくぼみを形成し,溶媒を満たして,電気を帯びた粒子を封入するディスプレイを開発している。

 E Inkはカラー化や簡単な動画表示の実現に向け,表示材料や駆動方法の改良を進めている(図8[拡大表示])。E Inkの電子ペーパーを搭載した最初の製品は,2004年にソニーが出荷した電子書籍のビューア「LIBRIe´」である。このときの表示材料は,応答速度が1秒程度,動作保証温度が0~50度,白の反射率が35%,駆動電圧が15Vだった。

 その後改良を進め,2005年に量産する2.1世代の材料は応答速度が400ミリ秒,動作保証温度が−10~70度になる。第2世代では電圧を印加した後の駆動波形にゴーストが生じたが,2.1世代ではゴーストを低減する。2006年に量産できると見込む2.5世代の表示性能は,応答速度が200ミリ秒,白の反射率が40%以上。駆動電圧は半減し7~8Vになる。ここまで高速になると低速な動画表示が可能になり,カラーフィルタを使ってカラー化しても表示に耐えるという。凸版印刷はカラーフィルタを用いた電子ペーパーを開発中であり,秋に発表する予定だ。フレキシブル化については,E lnkがステンレス基板を用いる試作機を開発中である。

用途の開拓が加速する

 電子ペーパーの用途は徐々に広がっている。セイコーエプソンは,腕時計の表示部にE Inkの電子ペーパーを採用した。「腕に巻き付ける面積は広いのに,従来の腕時計は表示部が小さい。曲がるディスプレイであれば腕の湾曲に合わせられる。視野角が広く,コントラストが高いので表示も見やすかった」(セイコーエプソン ウオッチ事業部W商品開発部W企画デザイングループの加藤洋氏)。今後の改良点として,表示の切り替えを速くし,階調表示を実現したい考えだ。2005年度中に製品化する。

 シチズン時計も公共施設などに設置する大型の時計にE Inkの電子ペーパーを採用する予定。従来のモーターで駆動する製品に比べて消費電力を低減でき,可搬性も増す。曲げられることで湾曲した表面に設置することもできる。「時計のほかに電子棚札やICカードも考えているが,既存の製品が安いのでコスト的に難しそうだ。ただ,携帯電話のサブパネルは可能性がある。曲げられるためデザイン性を高められるし,筐体の薄型化や低消費電力化にも貢献するためメリットが大きい」(シチズン時計MHT開発本部技術研究所第五研究所の金子靖専門課長)。

 凸版印刷は大型の表示用に使う。実際に駅に設置し,温度変化など筐体への影響も調査中だ。2005年3月から9月まで愛知県で開催中の愛・地球博に出展したディスプレイでは,新聞を表示する。「すべてを電子ペーパーで表示するわけではない。文字の部分は電子ペーパーで表示し,写真などは液晶パネルで表示する。また,実際に設置をしてみたことで,設置の容易性やメンテナンスを含めたトータルのコストが安くなることが重要だと分かった」(凸版印刷電子ペーパー事業推進部の新井善浩氏)。

フィルム基板で耐衝撃性を高める

 表示材料は液晶のまま基板をフレキシブルな素材に変更する方向については,次世代モバイル用表示材料技術研究組合(TRADIM)が,ディスプレイ材料をフィルムに形成し印刷用の輪転機のようにフィルムを巻き取る形で製造する技術を開発中だ。想定しているのは,TFTで画素を駆動し,カラー表示可能な液晶ディスプレイ。「最終的な製品としては,テレビも見られるICカードや,超軽量のノートパソコンなどが作れるのではないか」(TRADIMの山岡重yA理事長)。

 この技術の延長として,大型にして壁掛けテレビを作ることも不可能ではない。また,有機ELや電子ペーパーの表示材料で形成するといった応用も可能という。

 製造する部材は四つ,5枚のシートで形成する(図9[拡大表示])。現在はカラーフィルタやバックライト部分の形成に成功した段階である。最も難しいのは,TFTを形成する部分だ。プラスチック・フィルムにTFTを形成する場合,熱によりフィルム基板が変形するため,ガラス基板に形成するときよりも温度を低く抑えなければならない。いったんガラス基板にTFTを形成してからプラスチック基板に転写する技術や,低温で製造する技術を検討している。


技術の向上がめざましい電子ペーパー

 米国ボストンで2005年5月24日~26日まで開催されたディスプレイの国際学会SID 2005では,多数の電子ペーパー関連技術や試作機が出展されていた。優れた製品や材料・部材に贈られるDisplay of the Year Awards(DYA)を複数受賞したことからも,電子ペーパーの注目度の高さがうかがえた。第10回DYAでは,ソニーのe-Bookリーダー「LIBRI氏vが商品部門の金賞を,米E Ink社のマイクロカプセル型電気泳動方式の前面板(マイクロカプセルを敷き詰めた部材)が材料・部材部門の金賞を,フランスNemoptic社の記憶型液晶BiNemがディスプレイ部門の銀賞を受賞。つまり,電子ペーパー技術が全3部門で受賞したことになる。

 電子ペーパー関連で印象に残ったことは大きく三つある。液晶材料のマイクロカプセル化,電気泳動方式の発展的な技術,そして駆動用背面基板のフレキシブル化である。

写真A●Kent Displaysのフレキシブル液晶パネル
写真B●SiPixのディスプレイ
写真C●E lnkのディスプレイ

 液晶材料のマイクロカプセル化は,2社から発表があった。液晶系の電子ペーパーでは,画像保持特性のあるコレステリック液晶を用いるのが普通だ。米Kent Displays社は乳化法を使って10μ~12μm程度のマイクロカプセルを生成し,平滑化処理をしたレーヨンの上にコーティングをしたディスプレイを発表した(写真A[拡大表示])。駆動方法はパッシブ・マトリクス駆動。Author's Interview(発表終了後の集中質疑)で扇風機を回してディスプレイを旗めかせていたのが印象的だった。ほかに,別の方式(層分離法)を使ったマイクロカプセル化の発表もあった。同社によると,指で押した時に跡が残る白化現象を防ぎ,プラスチック基材のコレステリック液晶ディスプレイを作るにはマイクロカプセル化が必要だという。富士ゼロックスも,光の強弱で表示を変化させる光書き込み型コレステリック液晶にマイクロカプセルを使用する技術を発表した。カプセルの内壁に長いアルキル側鎖を設けることで配向を改良して,コントラスト比を従来の5対1程度から最大17対1に向上させた。

 電気泳動型の電子ペーパーは,商品化および技術改良をアピールしていた。米SiPix社は電子棚札のサンプルやエリアカラーのサンプルを展示した(写真B[拡大表示])。E Inkのブースでは,10インチA5サイズの試作品を含む電子書籍端末,バンドの模様が変わる腕時計,POP広告,電子看板に加え,セグメント型の直接駆動で50フレーム/秒(1秒間に表示する画像枚数),アクティブ・マトリクス駆動で5フレーム/秒の研究開発レベルの動画サンプルも展示していた(写真C[拡大表示])。

 駆動用の背面板をフレキシブルにする開発では,E Inkの電子ペーパーの前面板と組み合わせたものが多数報告された。蘭Philips Royal Electronics社が立ち上げた社内ベンチャーであるPolymer Vision社とPlastic Logic社は,有機TFTによる背面板のフレキシブル化を発表した。それぞれ半径7.5mmと5mmまで曲げられる。セイコーエプソンはSUFTLA(Surface Free Technology by Laser Ablation/Annealing)と名付けた転写方式によって,低温ポリシリコン液晶のフレキシブルな背面板にドライバも一体形成した。米Rolltronics社は,メンブレンスイッチ・アレイとE Inkの前面板を組み合わせた。アレイ単体だと表示面がわずかに動き,スイッチングしている様子が見て取れた。

 フレキシブルな基材と液晶を組み合わせる開発については,上記のKent Displaysのもの以外に,米Kodak社が同社からポリマー分散型のコレステリック液晶技術のライセンスを受け,セグメント駆動型のフレキシブル電子ペーパーを展示・発表した。

 今年のSIDで初の試みとなった投資家向けのInvestors Conferenceの講演では,米MITメディアラボのNicholas P. Negroponte教授の,“$100 Laptop”が興味深かった。これは今後ノートパソコンが普及する国に向け,100ドル程度のノートパソコンを100万台単位で教育省などへ販売していく構想である。

 米Google社,米AMD社,豪News Cor-porationなどが参加している。想定しているのは動作周波数500MHzのCPU,1Gバイトのメモリー,Wi-Fi準拠の無線LANと100万画素のフルカラー・ディスプレイを備えるLinuxマシン。これを90ドルで作る。2007年に実現する計画である。

 これはディスプレイ部分のコストを25ドルに下げる点がチャレンジだ。候補として,リアプロジェクション方式のディスプレイやE Inkの電子ペーパーを挙げていた。最初の1年で5万~10万台の試作,翌年からは1億~2億台を生産する目標だという。ディスプレイ技術がIT普及のカギを握っていると感じた。

(凸版印刷 生産・技術・研究本部 技術戦略推進部 檀上 英利)