図1  マルチホップ無線LANシステムの特徴<BR>負荷分散や障害復旧,新アクセス・ポイントの参加などの処理がほぼ自動的に実行される。
図1 マルチホップ無線LANシステムの特徴<BR>負荷分散や障害復旧,新アクセス・ポイントの参加などの処理がほぼ自動的に実行される。
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図2  岩国基地の無線LANアクセス・サービスの概略&lt;BR&gt;アクセス・ポイントを約100m間隔で置き,居住地域全体をカバーする。基地の外にもアクセス・ポイントを設置する。この基地外のアクセス・ポイントでISP網と接続する。
図2 岩国基地の無線LANアクセス・サービスの概略<BR>アクセス・ポイントを約100m間隔で置き,居住地域全体をカバーする。基地の外にもアクセス・ポイントを設置する。この基地外のアクセス・ポイントでISP網と接続する。
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写真  「愛・MATE」端末&lt;BR&gt;KDDIが愛・地球博での各種実験用に開発した。cdma 2000 1xEV-DO方式ほか,IEEE802.11b,Bluetoothの通信モジュールを搭載する。
写真 「愛・MATE」端末<BR>KDDIが愛・地球博での各種実験用に開発した。cdma 2000 1xEV-DO方式ほか,IEEE802.11b,Bluetoothの通信モジュールを搭載する。
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図3  「マルチホップIPフォン実験」のシステム&lt;BR&gt;愛・地球博会場で2005年7月10,11日に実験が行われた。携帯電話網がない場所を無線LANでカバーすることを念頭に置いている。主に図にある四つのポイントを評価した。親ピアと子ピアの両方ともに,写真の端末を利用した。
図3 「マルチホップIPフォン実験」のシステム<BR>愛・地球博会場で2005年7月10,11日に実験が行われた。携帯電話網がない場所を無線LANでカバーすることを念頭に置いている。主に図にある四つのポイントを評価した。親ピアと子ピアの両方ともに,写真の端末を利用した。
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 「光ファイバの敷設が難しい場所でブロードバンド・サービスを提供したい」「携帯電話の電波が届かない場所でも通話できるようにしたい」—。これらの問題を解決する方法としてマルチホップ無線LANシステムの実用化が始まった。

 マルチホップ無線LANシステムでは,無線LANのアクセス・ポイント間でバケツリレーのようにしてパケットを伝達する。つまりアクセス・ポイントと端末の間だけでなく,アクセス・ポイントとアクセス・ポイントを無線で結ぶ。中継網を敷設する工事が不要になり,安価かつ柔軟にエリアを広げられる。

 また,ネットワークへのアクセス・ポイントの追加が容易,障害が起きたときに自動で迂回ルートを選ぶため耐障害性に優れる,上流回線への接続ポイントを増やせば自動的にネットワークの負荷を分散する,という特徴を持つ(図1[拡大表示])。

有線が入らない場所を無線で中継

 NTTコミュニケーションズ(NTT Com)は,2005年中にマルチホップ無線LANシステムの特徴を生かしたインターネット接続サービスを米軍の岩国基地で開始する(図2[拡大表示])。9月初旬の時点で機器の設置をほぼ完了しており,現在は試験段階である。サービス対象は基地内に住む4000~5000人の米軍兵士とその家族。IEEE802.11gを使い,最大54Mビット/秒のサービスを提供する。

 NTT Comがマルチホップ無線LANシステムを使った最大の理由は,ADSLシステムの導入が難しく,基地内の工事に制約が多かったため。一般にADSLサービスを提供する際,NTT局にADSLの集合モデム(DSLAM)を置き,ユーザー宅のモデムと結ぶ。岩国基地では敷地内に電話局があるので,ここにDSLAMを置く必要がある。だがスペースがなくDSLAMを設置できない。そこで考えたのが無線LANでのサービスだ。

 無線LANで提供するにしても,アクセス・ポイントとISPを結ぶ中継網が必要になる。しかし,基地内の配管に光ファイバを通すことは,米軍のセキュリティ・ポリシー上,許可されなかった。「無線LANのアクセス・ポイントとISP網をWiMAXのような広帯域無線でつなぐことも考えたが,現段階では利用できない」(NTTコミュニケーションズ ユビキタスサービス部の馬場覚志担当部長)。そこで,無線LANをマルチホップで中継することに決めた。

 距離3kmに及ぶ基地の居住エリアを4ゾーンに分け,それぞれを70~80台のマルチホップ・システムで構成する。宿舎の壁が通常よりも厚いため,約100m間隔で高密度にアクセス・ポイントを置く。なお,NTT Comの網とは基地局内で1カ所,基地外のアクセス・ポイントと4カ所で結ぶ。

 今後,柔軟にエリアを広げられる特性を生かした用途を開拓する。例えば,市町村などの地方公共団体に対し,市全体をカバーするような緊急・災害時用ネットワークや,交通情報管理用のネットワークの構築を働きかける予定だ。

携帯電話網を無線LANで補完

 マルチホップ無線LANシステムを携帯電話やPHS通話の補完に使えないかと考えているのが,京セラ コミュニケーションシステムだ。ビルの影やビル内,地下施設など,まだ携帯電話の電波が届かない個所が少なからず存在する。概して構造が複雑で,携帯電話会社がきめ細かく対応できない場所である。マルチホップ無線LANでこれらをカバーする。

 同社はこの計画の一環として,2005年7月10,11日に愛・地球博の会場で「マルチホップIPフォン実験」を実施した。実験の目的は,マルチホップ・システムで実用に耐える通話が可能かを検証すること。実験には,KDDIが開発した無線LAN(IEEE802.11b)と携帯電話(cdma 2000 1xEV-DO)のデュアル端末「愛・MATE」を利用(写真[拡大表示])。これにマルチホップ無線LANシステムのためのドライバとVoIP機能を搭載した。

 システムは大きく管理/監視システム,親ピア,子ピアの三つの層に分かれる(図3[拡大表示])。管理/監視システムは認証や課金,ネットワーク管理/監視用。インターネット上に置かれる。後述する親ピアと定期的/イベントごとに1xEV-DOを介して情報を交換する。親ピアはマルチホップ・ネットワークを形成し,パケットを中継するノード。子ピアは親ピアだけと接続する通話用のノードである。こちらは中継機能を持たない。親ピアの電波の届かない場所に子ピアが移ったときは,1xEV-DO方式での通信に切り替える。

 実験は管理/監視システム,マルチホップ機構,無線LANローミング,無線LAN-携帯電話網ハンドオーバーの4点を中心に評価した。

 特に課題が明らかとなったのが,マルチホップ機構。まずホップによる遅延が大きい。四つのアクセス・ポイントを経由して通話すると0.5秒の遅延が生じ,劣悪な通話状態になった。また,5個を超えると通話できない状況になった。もう一つは復旧時間。ネットワークを形成する親ピアに障害があった場合,復旧までに約3秒かかった。3秒間無音になるのはサービスとして問題がある。

 このほか,30台の子ピアを同時に使用する負荷実験も行った。この結果,1台の親ピアに6台以上の子ピアがつながると極度に音質が低下したり,接続不能が多発することが分かった。「主に親ピアのデータ処理が追いつかなくなり大量のパケット破棄したために生じた」(京セラ コミュニケーションシステム営業企画室研究部IT応用研究課責任者の宮広栄一氏)という。