米国のCRM(顧客関係管理)ソフト市場が、にわかに活気を帯びている。米オラクルがCRMソフト・ベンダーの米シーベル・システムズを買収したと発表したことがきっかけである(米国時間の9月12日)。これに伴い、米国におけるいくつかのCRM関連のコミュニティでは、発言数がうなぎ登りに増加している。

 コミュニティの発言をみると、「オラクル傘下になると(シーベルの創業者である)トーマス・M・シーベル会長がシーベルを去るのでは」といった内容が目立つ。CRMソフトの黎明期を切り開いたシーベル会長は、米国では「CRMソフトの伝道師」というイメージが定着している。そしてシーベル会長の存在がユーザー企業を引きつけてきた。コミュニティの人々が今回の買収について好意的でない背景には、このような事情がある。

 筆者は以前、買収劇を繰り返すCRMベンダーに果たして顧客志向はあるのかと書いた(記事)。CRMはその言葉の通り、活動の中核に「顧客(customer)」を据えて、顧客中心主義を掲げる経営政策である。これだけ好意的でない声が出るということは、買収したオラクルや売却に合意したシーベルの経営陣には、その意思決定に際して顧客を気遣うという意識は少なかったのではないか。

シーベル顧客の争奪にのぞむライバル企業

 オラクルによるシーベルの買収が報じられた後、ライバルのCRMベンダーは早速、あからさまな競争施策を仕掛けている。特に目立った動きを見せているのは、米セールスブームと、米オニックス・ソフトウェアだ。

 セールスブームは米国時間の9月14日、「Salesboom Aims to 'Rescue' Siebel Customers(当社はシーベルの顧客を“救いたい”)」と題するリリースを公表。シーベルのASPサービス「CRM OnDemand」サービスの利用者に、セールスブームが提供するASPサービスへの移行を呼びかけている。

 同社のリリースによると、シーベルとの間で締結している契約条件そのままでセールスブームが使えるほか、データのマイグレーション(移行作業)にかかる費用は無料としている。

 一方のオニックスは、セールスブームよりも広範なマイグレーション・プログラムを打ち出している(参考Webページ)。オラクルが買収したソフト製品も含めて、5つの製品のユーザーも対象にしている。具体的には、「Siebel Enterprise」、「PeopleSoft CRM」、「Vantive」、「JD Edwards EnterpriseOne」、「Oracle CRM」である。2006年3月末までにオニックス製品に乗り換えるユーザーに対しては、移行にかかる費用を最高50万ドル援助するという。なおオニックスの日本法人のWebサイトには、このマイグレーション・オファーは公表されていない。

 先に述べたように、シーベルをはじめいくつかのCRM製品は、その製品を開発した企業の経営者に対するイメージと製品ブランドが、重複して形成されている面がある。このため、経営主体が変わることで、ブランド・スイッチが引き起こされる可能性がある。オラクル買収後のシーベルについても例外ではない。

見え隠れするオラクルのいらつき

 米オラクルのチャールズ・フィリップス社長による発言が、いくつかのニュース・メディアで伝えられた。この発言が、CRM業界で物議を醸している。

 例えば米Associated Pressは、「Oracle Eager to 'Crush' Salesforce.com(オラクルはセールスフォース・ドット・コムを切に潰したがっている)」と題する記事を配信した。フィリップス社長は「It might be more fun to crush them, rather than acquire them.」(買収するよりも潰す方がもっと面白い)」と発言したそうだ。

 配信された記事によると、米セールスフォース・ドット・コムは、米オラクルの創業者でCEO(最高経営責任者)のラリー・エリソン氏が創設した投資ファンドの支援で創業され、今日の事業を成したとされている。つまり、オラクルがセールスフォース・ドット・コムの創業を後押ししたわけである。

 ところがいくつかの買収劇を経た結果、オラクルとセールスフォース・ドット・コムのライバル関係が鮮明になってきた。セールスフォース・ドット・コムと、シーベルの「CRM OnDemand」は、真っ向から競合している。フィリップス社長の過激な発言の背景には、こんな事情があるようだ。

 ただし上記の理由の通り、仮にセールスフォース・ドット・コムがオラクルから競争を仕掛けられて潰されたとしても、すべての顧客がオラクルの顧客になるとは限らない。当たり前のことだが、顧客は必ずしもベンダーの思惑通り動かない。

■多田 正行(ただ まさゆき)
1947年生まれ。ロッテリア、チーズブロー・ポンズ・ジャパン・リミティッド、日本タッパウェアなどでシステム企画に携わった後、93年に独立。現在「eCRM塾」(http://www11.ocn.ne.jp/~slowlife/)主宰。著書に「売れるしくみづくり」(ダイヤモンド社)、「コールセンター・マネジメント入門」(悠々社)、「コトラーのマーケティング戦略」(PHP研究所)など。