図1 オフショア開発においてよく見受けられる誤解の例<BR>中国人エンジニアが言う「できました」は,一般的に日本人の捉え方とは異なる。それを知らないとトラブルが発生し,中国人エンジニアを「信用」できなくなってしまう
図1 オフショア開発においてよく見受けられる誤解の例<BR>中国人エンジニアが言う「できました」は,一般的に日本人の捉え方とは異なる。それを知らないとトラブルが発生し,中国人エンジニアを「信用」できなくなってしまう
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表1 中国,インド,ベトナムのIT業界の違い&lt;BR&gt;現在,オフショア開発先としては中国やインドが主流だが,最近はベトナムの人気も高まりつつある
表1 中国,インド,ベトナムのIT業界の違い<BR>現在,オフショア開発先としては中国やインドが主流だが,最近はベトナムの人気も高まりつつある
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図2 中国オフショア開発で日本の担当者がよく指摘する6つのリスク&lt;BR&gt;先行的に行われたオフショア開発では,納期や品質などの点で,トラブルが頻繁に発生した。トラブルに遭遇した日本企業の担当者は様々なリスクを指摘する。それらを整理すると,以下の6つが浮かび上がった
図2 中国オフショア開発で日本の担当者がよく指摘する6つのリスク<BR>先行的に行われたオフショア開発では,納期や品質などの点で,トラブルが頻繁に発生した。トラブルに遭遇した日本企業の担当者は様々なリスクを指摘する。それらを整理すると,以下の6つが浮かび上がった
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表2 見積もり時に見落としがちな費用や作業の例&lt;br&gt;初めてのオフショア開発では,予想外の費用や作業がかかり,思ったほど生産性が上がらないもの。事前の見積もりを綿密に行い,見落としがないようにしたい
表2 見積もり時に見落としがちな費用や作業の例<br>初めてのオフショア開発では,予想外の費用や作業がかかり,思ったほど生産性が上がらないもの。事前の見積もりを綿密に行い,見落としがないようにしたい
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大幅なコスト削減が見込めるとして盛んに行われている中国オフショア開発。しかし実際には,納期や品質などの面で様々なトラブルが発生している。先行した企業は一体どんなトラブルに見舞われたのか。それを踏まえて,仕様書の記述法やコミュニケーションの留意点など,中国オフショア開発の成功率を高めるポイントを解説する。

 オフショア開発先の中国ベンダーのエンジニアA氏から,発注企業のB氏に「プログラムができました」とメールが送られてきた。

 受け取ったプログラムを動かしてみたところ,バグだらけである。B氏は,早速A氏に連絡を取った。

 「プログラムが“できた”ら送ってくださいと伝えたはずだが」
 「はい。できましたのですぐにお送りしました」
 「でもバグだらけですよ。これ」
 「はい。まだテストをしていませんから」
 「ええっ?」

90%以上はトラブルを抱える

 以上は,筆者が目にしたオフショア開発のトラブルのほんの一例である(図1[拡大表示])。オフショア開発とは平たく言うと,国内のソフトウエア開発を海外拠点に委託することだ。現在,インドや中国をはじめ,韓国,ベトナム,フィリピン,ロシア,東欧諸国などに広がっている。

 1990年代半ばから後半にかけてインドへのソフトウエア開発の委託が盛んになり,オフショア開発は大いに注目された。日本のITバブル崩壊以降,2000年代に入って急速に比重が高まったのが中国である。中国政府が対日ビジネスを支援する姿勢を明確に打ち出し,ソフトウエアパークを建設するなど,インフラ整備を急ピッチで進めたことが大きな要因だ。現在では,住所の宛名入力やコールセンター業務など,開発業務以外の業務系アウトソーシングも盛んである。2003年の中国へのアウトソーシング額は262億8000万円。2位のインドの63億1200万円の約4倍に達する注1)。

 ちなみに,2005年はベトナムの人気が高まりつつある。ベトナムに発注する企業によれば,ベトナム人は勤勉で人柄が温厚だという。会社への定着率も高く,中国沿岸地域よりも安い人件費を武器に急速に成長しつつある(表1[拡大表示])。

 オフショア開発の最大の魅力は,何といっても大幅なコスト削減が期待できることだ。例えば,中国人プログラマの人月単価は25~30万円程度と,一般的に日本の2~3分の1と言われている。ベトナムの場合はさらに安く,20万円以下にまで下がる。しかしオフショア開発を先行した企業においては,納期や品質に関するトラブルが少なくない。筆者の見るところ,最も盛んに行われている中国でのオフショア開発では,90%以上は予算・日程・品質のいずれかに深刻な問題を抱えている。

 そこで以下では中国でのオフショア開発について,これまで担当者の勘や暗黙知に頼ることの多かった成功への鍵を解説する。

見逃せない開発環境の差異

 中国オフショア開発には,思いもかけないトラブルが発生する。実際に着手する前に,どのようなリスクが潜み,どのようなトラブルが発生するのかを知っておくことは極めて重要だ。前もって対策を講じることで,成功の確率は大きく高められる。

 実際にオフショア開発を行った企業の担当者は,次のようなリスクを指摘する。それは,「開発環境の違いから発生するバグやトラブル」,「ブリッジSEが機能しない」,「生産性が低い」,「機密情報の管理に手間がかかる」,「中国ベンダーが約束や指示を守らない」,「日本の担当者のモチベーションが低下する」,といったことである(図2[拡大表示])。それぞれについて見ていこう。

 中国オフショア開発では,開発/テスト環境や設定に起因する問題が頻繁に発生する。中国と日本の環境が異なるために,中国側では問題が起きていなくても日本では十分な性能が発揮されないことがある。例えば中国でクリアした50名同時接続試験が,日本ではクリアしなかった事例がある。調べてみたところ,スレッド発生数,タイムアウト設定などの条件が異なっていた。そうした問題を避けるためにも,環境や設定の違いを意識して,国内への導入手順を明確に決めておく必要がある。

 またトラブルが発生すると,原因が特定されない段階で,解決の責任を一方的に中国側に押し付けるケースがよく見られる。日本側の環境や操作に不備があるにもかかわらず責任を押しつけるような誤った対応をすると,両者間で感情的なあつれきを生み,事態が複雑化する恐れもある。バグやトラブルが複数の状況で再現することを確認するなど,手順を踏んで慎重にこの問題を扱うべきである。

 例えば,あるオフショア開発において,特定の条件下で画面項目が正しく表示されないというバグが発生した。中国から届いた修正プログラムを適用したが,バグが解消されない。担当者は修正プログラムを作り直すよう中国側に命じようとしたが,上司の指示で念のため調べ直してみたところ,実は日本側の操作ミスによる修正ファイルの適用漏れが原因であることが分かった。担当者が複数の環境で修正ファイルを適用するという作業を行えば,このトラブルは防げたはずである。

機能しないブリッジSE

 「ブリッジSEを使ったが,言いたいことの半分しか伝わらない」。このような不満を感じている日本企業は少なくない。

 ここで言う「ブリッジSE」とは,第三者的な立場で両国のプロジェクトマネジャーやリーダーの橋渡しをする中国人SEを指す。ブリッジSEは設計力,管理力,人間力,日本理解力を備えるスペシャリストでなければならない。当然,並大抵のエンジニアに務まるものではない。

 現実的には市場から優秀なブリッジSEを調達するのは非常に困難だ。過去に優れた実績を残したブリッジSEは,既存の顧客が掴んで離さない。さらに,優秀なブリッジSEとなり得る中国人の多くは,早くしてプロジェクトマネジャーを卒業し,起業する傾向がある。彼らは技術だけではなく,管理能力やヒューマンスキルにおいても秀でているが,残念ながらブリッジSEの職を卒業してしまっている。

 そこで多くの場合は,多少日本語ができるというだけで新人の中国人エンジニアがブリッジSEに任命される。このような安易な基準で選定されたブリッジSEが,オフショア開発を失敗させる大きな要因となるのは言うまでもない。

 筆者は,中途半端なブリッジSEを設置するよりも,優秀な日本人社員を開発コーディネータ(連絡窓口)として育成するべきだと提唱している。中国をまったく知らない日本人でも以下の条件が整えばオフショア開発のコーディネート業務は可能だ。つまり,(1)中国に好意的であること,(2)オフショア開発に前向きであること,(3)サブリーダーの経験があること,などである。コーディネータの役割や重要性については,改めて後述する。

生産性は50~70%

 中国でのプログラム開発は人月単価は低いものの,工数ベースで見た生産性が,国内の50~70%に悪化すると考えるべきだ。初めてのオフショア開発では,生産性が50%以下になるケースも珍しくない。まず,国内では問題なく行われていた「あうんの呼吸」によるコミュニケーションが日中間では通用しないことが,その大きな理由である。それに加えて,ブリッジSEや開発環境整備,中国ベンダーの支援や教育に要する工数が発生するという理由もある。

 また,ベンダーによっては,チーム内で情報が共有されていない,テスト技術や品質管理が未熟であるといった問題を抱えている。そうしたベンダーは過去の開発データを十分に蓄積していないため,開発生産性の向上について日本企業が指導的な役割を果たすことになる。ソースコード規模,開発工数,ファンクションポイントなどを指標として,あなたの会社にとって意味のある指標値を開発して,提示すべきである。言うまでもないが,ソースコードステップ数と発注金額を連動させるべきではない。中国ベンダーが生産性を無視し,意味もなく開発規模を膨れ上がらせる可能性がある。

 また見積もり時には,中国オフショア開発に固有の費用や作業を漏れなくリストアップして,中国ベンダーと一体となって生産性向上に取り組む姿勢を徹底したい(表2[拡大表示])。

手間かかる機密情報の管理

 ソフト開発業務の外部企業への委託には,常に機密情報漏えいの危機がつきまとう。そのため発注企業は各社とも,設計資料や顧客データなど「まとまった情報」や「機密性の高い情報」の扱いには神経をとがらせている。

 オフショア開発では,国内以上に機密情報管理の手間がかかる。日本から中国に出す技術的な情報は,法律に基づく輸出手続きの対象となるからだ。具体的にはドキュメント,データ,配布資料,手書きメモ,メール送信履歴などが輸出手続きの対象となる。それらを中国の企業に開示する際には,「いつ」,「誰が」,「誰に」,「何を」,「どうやって」,「何の目的で情報を開示したか」といった項目を記録しておかなければならない。

 法律を厳密に解釈すれば,中国へのメールや国際電話,エンジニア間の日常的なおしゃべりも管理対象である。法律を順守するためには,電話やチャットの際にも法律に則った輸出手続を行わなければならない。

 しかし現時点ではそこまでの必要はないだろう。輸出管理業務フローを策定する際には,開発担当者に「しわ寄せ」がいかないよう,十分に配慮すべきだ。一部の企業では中国にメールを送る際にも輸出手続が必要としているが,担当者は事前の一括申請を行うだけでよい,という運営形態にしている。生産性や開発スピードを考慮しながら,効率的な業務フローを構築するようにしたい。

「約束を守らない」理由

 中国オフショア開発を経験した企業の担当者から,「中国企業は約束や指示を守らない」という声を聞く。例えば,「勝手に機能を追加してその分の請求をしてきた」,「勝手にスケジュールを変更された」,「決められた定期報告をしてこない」といったことが現実に起きている。「中国はいまだに朝令暮改の国だからなあ」なんて愚痴をこぼす担当者があなたの周りにもいるのではないか。

 だが,ちょっと待ってほしい。一方的に非難する前に,中国人の業績評価に対する考え方を理解しておく必要がある。中国のエンジニアにとって,会社から高く評価されるのは,「仕様書にないアイデアを自ら提案しようとする姿勢」,「自分のアイデアが会社に採用されること」,「独自の業務スタイルを確立していること」,「自分流を貫き通す姿勢」などである。

 中国企業が持つこうした伝統的な業績評価を理解すれば,約束や指示の仕方はおのずと変わってくるはずだ。決して簡単なことではないが,できるだけ中国人エンジニアの自発性を促し,評価する仕組みを作ることが求められる。

モチベーションが低下

 中国オフショア開発では,小さな要因が複合的にからみ合って様々な問題が発生する。最初のうちは,担当者もやる気を持ってトラブルシューティングにあたるが,いつまでも沈静化しないと,次第に疲労感がたまっていく。そして最終的にはモチベーションが低下し,オフショア開発が泥沼化した原因をすべて「中国」のせいにしてしまう。

 これは会社にとっても,日本人の担当者にとっても最悪のパターンだ。それを避けるために,初めて中国オフショア開発に取り組むプロジェクトでは,あらかじめリスクをチーム全体で共有化しておきたい。さらに,Q(品質),C(コスト),D(納期)だけでオフショア開発の成否を判断するのではなく,「長期的な視点から中国ベンダーを教育したか」,「開発標準や管理帳票を整備したか」という面からも担当者を評価する。決して,担当者に孤立感を覚えさせてはいけない。

幸地 司(こうち つかさ)/アイコーチ 代表取締役,オフショア開発コンサルタント

九州大学大学院修了後、リコー入社。中国系ITベンチャー企業の営業マネージャー職 を経て、オフショア開発のコンサルティングを行うアイコーチを2003年に設立。日本 唯一の開発コーディネーター養成講座を主宰する一方、オフショア開発に関する日刊 メールマガジン(http://www.ai-coach.com/)は、現在約5000人の読者を数える。