計画と実需が合わない

●廃棄ロスが5年間で10分の1に
SCMシステムの画面。週単位でシステムが予測した需要予測、実績、予算の3本のグラフで表示(上)。半製品在庫が足りないといった警告を表示し、欠品を防ぐ(下)
需要予測を担当するSCM本部サプライチェーンマネジメント部需給グループの河合秀樹マネージャー(左)と木村菊夫グループリーダー
●サッポロビールにみるSCM改革のポイント
 改革以前の体制では、生産量と実需が合わないという課題を抱えていた。新製品は欠品を起こし、定番商品は在庫を余らせていた。例えば、1998年に発売したブロイでは、発売直後から数カ月間品薄状態が続くといった具合だ。相次いで投入した発泡酒の新製品の多くが、欠品を起こしていた。

 欠品や過剰在庫の発生は、月次による需要予測の立て方に原因があった。品切れを起こさないタイミングで情報が届かないことと、営業部門が立案する販売計画をそのまま生産計画として活用していたためだ。「ブレーキがかかりにくく、修正が利かない体制だった」(河合マネージャー)

 従来は、営業拠点である18支社の需要予測の担当者が、翌月の販売計画を立案して本社に送信していた。本社は各拠点の販売計画を積み上げて、これを生産計画としていた。だが支社から市場の動向が届くのは月に1回だけ。欠品が起きるタイミングで情報が入らず、生産に反映できなかったのだ。

 新製品では、発売当初の売れ行きが重要な数字だという。当初の勢いが分かれば、その後の売れ行きは過去の経験から予測できるからである。ビールは、醸造し始めてから原液が出来上がるまでに2~3カ月間かかる。リードタイムが長いため、早い段階で需要を予測することが大切なのだ。市場動向の収集が早ければ、欠品や過剰在庫を発生する可能性を下げられる。

 また、販売計画をそのまま生産計画として採用していたことも大きな問題を生んでいた。販売計画は、実需に加えて販売目標分上積みされているため、実際に必要な数量よりも多いことがある。支社ごとに求められている年間の予算に対して、たとえ実需が少なくても数量を訂正せずに本社に送信するというケースも少なくなかった。

 さらに、350mL缶など最終製品の単位で需要予測が立てていたことにも問題があった。

 容器に充てんすると製造年月日が記される。2003年に酒類の販売が自由化され、大手スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどが販売ルートとして加わった。これらの取引先では、消費期限が一定期間残っていない商品は納入できないなど鮮度管理が厳しくなっていた。このため、実需より多く作ってしまった製品は出荷できず、毎年10億円以上の不良在庫を発生させていた。

予想を大きく外さなければよい

 こうした課題を解決するために、SCM改革で生産サイクルを週次に切り替えるとともに、最終製品単位だった需要予測を充てんする前の原液単位に切り替えたのである。

 原液で予測を立てることで冷夏などの天候要因にも柔軟に対応できる。原液が完成してから充てんするまでの期間を早めたり、長くすることによって完成品の在庫を調整するのである。これで、不良在庫を防げる。容器別では約80製品の予測をしなければならなかったのが、今では8種類の原液量を予測すればよい。

 この新体制を支えるために、需要予測の権限を集中した新組織を作った。各営業拠点にいた需要予測の担当者を集めて、SCM部を新設した。

 予測に活用する情報は、(1)直近2~8週間分の販売実績と、(2)過去4年間の同時期の販売実績——の2つ。(2)は、SCM部の担当者が、気候や消費状況などの要因が似た年を選ぶ。(1)と(2)の情報を基に、SCMシステムが重回帰分析によって、16週分の需要予測を算出する。

 例えば、4月には夏場の需要を予測する。「ビールは需要の再現性が高い。確実に予測を当てるのは難しいが、大きな波動は見える」(SCM本部サプライチェーンマネジメント部需給グループの木村菊夫グループリーダー)

 こうして算出した予測値に対して、毎週各地域営業本部から送られる販売計画を見ながら修正を加えていく。

正しい情報をもらうことに苦慮

 新たに導入したシステムでは、担当者の画面に予算上の販売目標とシステムが予測した数値、実績の3本のグラフが週単位で表示される。実績が販売目標やシステムが算出した予測に対して、どう推移しているのか一目で分かる。これらを参考にしながら毎週水曜日に生産計画を立てて、工場に送信する。これまでは担当者の経験と勘に頼っていたが、システムが計算するようになった。

 原液単位に予測を切り替える際に重要だったのが、販売拠点の意識改革である。精度の低い情報を基に原液を仕込むと半製品在庫が増えるだけである。仕込みの段階で本社へ送信する数字は、従来の販売目標ではなく、実需であることを言い続けた。「本当に売れる実態のある数字を欲しいと各地区本部にお願いした」(河合マネージャー)。この結果、2000年に22億円あった廃棄ロスが、2004年に2億円まで減った。

 新システムは、需要を予測してから出荷するまでのモノの流れ全体を把握できる仕組みである。在庫や製造計画などの情報を一元管理している。需要予測を変えれば仕込み計画も変わるなど、一気通貫で業務を管理することが特徴だ。

 システム刷新により、在庫管理も容易になった。だれでも、各拠点の在庫や工場在庫を参照できる。地域ごとの在庫の偏りも把握できるため、早めに拠点間の在庫移動に取り組める。これまで在庫は、拠点ごとに担当者が表計算ソフト「エクセル」で管理していたため、横断して検索できなかった。ギリギリに生産計画を変更しても缶や段ボールなどの資材が用意できないと製品を出荷できない。取引先の協力が不可欠なのだ。

取引先に製造計画を開示

 そこで、取引先メーカー30社に対して、12週間分の生産計画を開示。加えて、過去3年間分の製造実績データも、工場別や品種別に開示した。これまで、取引先はサッポロから前月に受けた1カ月分の発注情報を基に生産してきた。取引先は、欠品を防ぐために在庫を多めに抱えて対応していた。資材は納期が1カ月以上かかるため、突然の注文には応じられないのである。

 生産計画を「聞かれれば教えていた」体制から、取引先がいつでも見られるようにすることで、取引先でも欠品や過剰在庫を防ぐように努めてもらう。この取り組みによって、サッポロの資材在庫は改革前の7分の1にまで減少した。

 河合マネージャーの今の悩みは、5月25日に発売する第3のビール「スリムス」である。新製品は発売してみないと、正確にどのくらいの需要があるかが分からないが、ドラフトワン同様に5年間の改革の成果で、欠品と不良在庫をゼロにすることを目指す。