未来工学研究所情報通信研究グループリーダーの片瀬和子主任研究員
未来工学研究所情報通信研究グループリーダーの片瀬和子主任研究員
[画像のクリックで拡大表示]

 国内では実用化を巡って推進派と反対派が対決している電力線通信だが,欧州では既に活用事例が登場している。科学技術に関する調査研究を行う未来工学研究所では,欧州のブロードバンド事情の調査の一環として電力線通信も取り扱った。そこで実際に,現地を訪問した未来工学研究所情報社会システム研究グループの片瀬和子主任研究員に,電力線通信のメリットと課題を聞いた。(聞き手は山根 小雪=日経コミュニケーション)

−−欧州での導入事例を聞かせてほしい。

 電力線通信の海外事例については,いろいろな情報が飛び交っている状況だが,今回は私がこの目で見てきた事例についてご紹介したい。調査自体は昨年だが,現在進行中の総務省の研究会での実用化検討でも,参考になる点が多いはずだ。

 当社は,総務省所管の公益法人である「マルチメディア振興センター」の委託を受け,欧州のブロードバンドの先進事例を調査した。そのなかで,スウェーデンのゴットランド島でインターネット・アクセスに電力線通信を利用した例と,ドイツのヘルテン市のウィリー・ブラント中学校で電力線通信を使って校内LANを整備した例を視察した。

 ゴットランド島はバルト海に浮かぶスウェーデン最大の島だが,2001年時点では大手通信事業者1社が中心部でDSLを提供するにとどまっていた。こうした状況に懸念を抱いたゴットランド市当局が地元電力会社と共同で,島内全域にブロードバンド環境を整えるプロジェクトを開始した。2003年には,FTTHやDSLなどに並んで電力線通信も350世帯に導入。2004年には高速モデムを採用した実験も実施した。実験終了後は,商用サービスとして継続して提供されている。

 ドイツのウィリー・ブラント中学校では,2002年9月から電力線通信による校舎内LANの利用が始まった。機器や工事費は地元IT企業のプロゾッツが提供した。工事が必要だったのは,ドイツテレコムのADSLが引き込んだ地下室のみで,各教室内の工事は不要だった。その後ヘルテン市では,ウィリー・ブラント中学校に続いて5~6校で電力線通信を導入した。

−−電力線通信のメリットや課題は。

 メリットは,とにかく簡単に接続できること。プラグ・アンド・プレイで利用でき煩雑な初期設定がいらない。コンセントさえあれば,ネットワークにアクセスできるため,学校や集合住宅などでは有効な手段だと感じた。ケーブルの敷設工事が要らないためコストも抑えられる。一方で,電力線モデムが高額なこと,コンセントによってはネットワークにつながらないといった不安定さが課題だ。
 私が欧州を調査した限りでは,工事が簡易な校内LANでの利用に有用だと感じた。欧州でも電力線通信の認知度は決して高くない。だが,実際に利用しているユーザーはかなり好印象を持っているようだ。状況によって複数の通信方法の中から選択できるのが望ましいのではないか。

−−国内での実用化のハードルになっている漏えい電磁波の問題は発生しているのか。

 スウェーデン・ゴットランド島の実験では,漏えい電磁波を懸念し,アマチュア無線家に実験に参加してもらった。その結果,アマチュア無線家からのクレームは出ず,問題ないというお墨付きが出た。

−−国内で電力線通信のメリットが生かせるのは,どういった使い方か。

 校内LANには非常に適している。日本の学校の校内LANの整備は遅れており,まだ2割程度の学校にしか導入できていない。これは諸外国と比べて,かなり遅れている。例えば韓国では,既に4年前から校内LANの導入が本格化している。文部科学省は,ボランティアを募って校内LAN工事を敷設するとしているが,工事に取りかかる前に,LAN設計の専門家が必要だ。このやり方では遅々として進まない。電力線通信は使い勝手のいい手段だと感じている。不安定さはあるが,余りあるメリットがある。

 国内での実用化には,漏えい電磁波の問題など解決すべき課題が多い。電力線通信のメリットにも目を向けて,前向きな議論をしてほしい。