舩橋 哲也 NTTコミュニケーションズ ユビキタスサービス部 企画グループ長
馬場 覚志 NTTコミュニケーションズ ユビキタスサービス部 ワイヤレスソリューショングループ 担当部長

無線LANが使えるエリアを面的に展開する手法として,メッシュ・ネットワーク型の無線LANシステムに注目が集まっています。この手法を利用すると,アクセス・ポイントの設置が低コストかつ短期間で済むというメリットがあります。

 無線LANのアクセス・ポイント(AP)を設置する際,通常は1台1台にインターネットなどの基幹ネットワークとつなぐための「バックホール回線」が必要です。このため新たに無線LANを使えるエリアを整備しようとすると,このバックホール回線の敷設にかかるコストと時間がネックとなります。これが屋外での面的なエリア展開を阻害していました。

 最近,この問題を解決する手法として「メッシュ・ネットワーク型無線LANシステム」や「マルチホップ型無線LANシステム」に期待がかかっています。これはバックホール回線と接続したAPが,「ゲートウエイ」として周辺のAPと無線でパケットをやり取りする技術です。ゲートウエイ以外のAPはバックホール回線が不要のため,トータルのAP敷設のコストと手間を大幅に緩和できます。

図1 メッシュ・ネットワークのシステム構成イメージ アクセス・ポイント同士が無線で通信する。バックホール回線をAPごとに敷設する必要がない。アクセス無線と中継無線は,周波数またはデータの送信時間を別にすることで相互に干渉しないようにしている。
図2 メッシュ・ネットワークでは中継無線の経路を自動設定/回復する機能を持つ アクセス・ポイントの追加や削除が手軽にできる。またアクセス・ポイント間での干渉源の発生や障害物などで通信状況が変わった場合に,自動的に中継無線の経路を変える機能も持つ。ルーティングの手法や重み付けのポリシーはメーカーごとに異なる。

 メッシュ型では,パケットがバケツ・リレー式にAPからAPへと運ばれます。APとパソコンで通信する無線区間を「アクセス無線」,AP同士で通信する無線区間を「中継無線」と呼び,いずれもIEEE 802.11bなどの無線LANを用います(図1[拡大表示])。

 アクセス無線と中継無線に同一のチャネルを使いながら時分割通信するタイプと,異なるチャネルまたは周波数帯を使うタイプがあります。互いに干渉しないようにするためです。同一チャネルを使う方式は周波数管理が容易である半面,ホップ数が増えるに従って端末でのスループットが低下します。

障害時の自動復旧機能で高信頼性を確保

 メッシュ型の無線LANシステムでは,ある端末からほかの端末に通信する際,複数の経路を取り得ます。そこで各社の製品は「最適経路選定機能」を実装しています。無線LAN機器を追加または除去した時や障害が発生した時に,自動的に最適な中継無線の経路を設定する仕組みです(図2[拡大表示])。IPルーターに搭載されている動的ルーティング機能と似ています。

 ただし最適経路選定機能に使われるプロトコルはメーカー独自仕様で,異なるメーカーの機器間で相互接続できません。IEEE(米国電気電子技術者協会)では現在,最適経路選定プロトコルを含めたメッシュ型無線LANシステムを「IEEE 802.11s」として標準化する作業を進めています。

 最適経路選定機能は,大きく分けて「自己編成機能」と「自己修復機能」の二つの機能から成り立っています。前者は,機器の追加・除去に応じて自動的に最適な経路設定を行う機能です。メッシュ型の無線LANシステムでは,機器の増減や位置の変化が頻繁に起こり得ます。その度に設定変更していては面倒なので,設定を自動化する機能が必須となります。

 自己修復機能は,障害物や干渉源の発生などで中継無線の一部が不通となっても,自動的に別の経路にう回する仕組みです。複数のバックホール回線がある場合は,一つのバックホール回線が不通となってもほかのバックホール回線にう回できます。つまり事故や障害による影響を最小限にとどめられます。

ブロードバンド空白地域を無線LANで覆う

 メッシュ型の無線LANシステムの主な用途は,ブロードバンド環境が整備されていない地域に安価に通信インフラを構築する手段としての利用です。日本や米国で自治体などが採用を始めています。最近は都市部でも利用が広がっています。例えば米国のフィラデルフィア市や台湾の台北市は,都市全体を無線LANで覆う試みを実施中です。また信頼性の高さと構築の柔軟性から,警察や消防,自治体などが地域の安全や治安強化を目的に利用しています。具体的には,街角カメラとの連携や事故・災害発生地点との接続などです。

 端末同士がアドホック通信で接続し合って,メッシュ型ネットワークを構成する場合もあります。例えば自動車に無線LANを搭載し,自動車同士でメッシュ型ネットワークを構成するアイデアが出ています。またWiMAXを用いたメッシュ型ネットワークも検討されており,今後はより活躍の場が広がるでしょう。