iPadに代表される安価なタブレット端末が、小売の現場を大きく変えつつある。大型で高額な従来の専用POS端末の代わりにタブレット端末を利用する「モバイルPOS」サービスが、相次いで登場しているのだ。かつてはベンチャー企業の独壇場だったが、2012年に大手ベンダーが参入。新市場の開拓を目指し、各社の競争が熱を帯びている。
iPadやAndroidタブレット端末をPOS(販売時点情報管理)システムの端末として利用する、「モバイルPOS」サービスが相次いで登場した(表)。
一般的なPOSシステムの場合、レジ端末価格が10万円以上で、販売情報の集計システムの導入費用などを含めると、初期費用で100万円を超えるケースもある。
モバイルPOSの場合、安価なタブレット端末を利用することで初期費用を10万円以下に抑え、クラウドサービスと連携させることで月額数千円から利用できるサービスもある。
小規模店舗でも手軽に利用できるため、POSシステムの需要増大が見込める。さらに、既にPOSシステムを導入した店舗でも、端末をモバイル化することによって利便性が高まる。大きな商機が見込めることから、ベンチャー企業だけでなく従来のPOSシステムベンダーも、相次いでモバイルPOSに参入しているのだ。
各社のモバイルPOSサービスは大きく二つに分類できる。まずは既存の専用POSレジ端末を、タブレット端末に置き換えるものだ。クラウドにあるPOSシステムのアプリケーションを利用する。原則としてタブレット端末と周辺機器のみで利用できることから、本記事では「単独型」と呼ぶ。
もう一つは、既存の専用POS端末との連携を前提とする「拡張型」。東芝テックなどが自前のPOSシステムの利便性を高めるべく、サービス開発を進めている。
月額5000円から利用可能
「単独型」の代表例がユビレジだ。同社の木戸啓太社長は「導入実績は既に2000店舗を超えた」と胸を張る。
人気の理由は導入コストの安さにある。iPadを自前で準備すれば、アプリをインストールするだけですぐ使えるようになる。初期費用は無料で、月額料金も1店舗当たり5000円に過ぎない。「これまで、紙伝票や電卓を使って会計をしていたような小規模の飲食店が多く利用している」と木戸社長は言う。
POSシステムとしての基本機能はそろっている。iPad上でメニューの表示や売り上げ登録ができるだけでなく、販売データをクラウド上で集計し、商品ごとの売り上げ傾向を分析できる機能もある。ユビレジが認定したレシートプリンターなどと接続すれば、高価な専用端末を利用しなくても、一通りの決済プロセスをこなせるようになる。今回紹介するモバイルPOSサービスのほとんどがこうした機能を備えるが、ユビレジの安さは際立っている。
ユビレジは2012年7月、米セールスフォース・ドットコムとの業務提携を発表した。セールスフォースの開発基盤を利用して、顧客が在庫管理やCRM(顧客関係管理)、売れ筋分析などのアプリを独自に開発できる環境を整えていく。
エスキュービズムも、モバイルPOSに商機を見いだしたベンチャー企業である。同社の「EC-Orange POS」は初期費用が30万円からで、月額料金は1店舗当たり3900円だ。
最大の特徴は音声認識機能だ(図)。iPadのマイクに対し商品名を読み上げれば、クラウド上で音声をテキストデータに変換し、在庫の検索や売り上げ登録などの操作ができる。店員がiPadを持って接客する際に、画面上のキーボードを使って文字入力する手間が省け、業務を効率化できる。
エスキュービズムは、独自のECサイト構築パッケージも開発している。これとモバイルPOSを連動させることで、実店舗とECサイトの在庫を一元管理したり、ECサイトで購入した商品を店頭で受け取ったりできるようになる。「オンラインとオフラインを連動させる“O2O”の機能を強化し、年間100社程度の導入を目指したい」と武下真典取締役は力を込める。