この連載では、市場で話題の製品・サービスとその主要ベンダーを取り上げて、「ユーザー企業は、ベンダーとチャネルをどう見極めるべきか?」という観点から解説している。
第3回はアップルを取り上げる。現時点では米国はもちろん、国内でもアップルブランドは圧倒的な優位性を持っている。しかし、2009年以前は国内でも強烈な支持者はいたが、市場浸透の広範さという点で言えば、ニッチなベンダーの部類だった。
しかし、iPod、iPhoneの投入、その後のiPadの登場により、B2C(Business to Consumer:企業消費者間取引)におけるアップルのプレゼンスは様変わりした。スマートフォンやiPad(タブレット端末)において、アップル製品はいまやデファクトとしての地位を確立している。なぜスマートフォンやタブレット端末で、かくも短期間にアップルが市場を制圧できたのか。今回はこの背景を考察してみたい。
目標は魅力的なライフスタイルを提供すること
アップルを取材した際、最初にアップルの担当者から「アップルにとってタブレット端末市場という概念はなく、ただiPadがあるだけ」と告げられた。この言葉がアップルの本質を端的に表している。
アップルは、“ライフスタイルガジェット”であるiPhoneを投入して、スマートフォンという新たな市場を形成した。同社が、iPhoneの投入時点で考えていたのは、携帯市場でのシェアを取ることよりも、使う人のライフスタイルをより豊かにするための「道具や仕組み」を提供することだったという。
つまり目標は、「市場のニーズにあった製品を開発する」のではなく「アップルの製品、サービスを使って新たなライフスタイルを提供する」ことにある。早い話、アップルが提供する新たなライフスタイルを経験するために、ユーザーは同社の「道具や仕組み」を利用しなくてはならないわけだ。
誤解を恐れずに言えば、アップルはいわゆるマーケティング活動をしていない。多くのベンダーが取り組んでいる「ニーズにあった製品を開発、提供する」ことにプライオリティを置いていない。自ら作った市場に対して、製品やサービスを提供しているだけだ。
アップルが決めたルールにもとづいて、その生活、文化圏に参加して楽しむには、アップルのガジェットが必要になる。独占的かつ唯一のメディアを持っているアップルが勝者となることは、だれが見ても単純明快な話だ。
無論、その生活、文化圏が人々にとって魅力的でなければ、製品やサービスに意味はない。
繰り返しになるが、ハードウエアやソフトウエアというような単純なカテゴリにおけるハコモノの優劣ではなく、ITというテクノロジを見えないようにして、生活をどのように楽しむかを提案する。それがアップルのアプローチだ。